リバプールの優勝を支えた「スローイン革命」

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結城 康平

結城 康平

月刊フットボリスタの連載に加え、複数媒体に記事を寄稿中の文筆業。留学中は、アンドリュー・ロバートソンの出身地であるグラスゴーの大学院に通う。セルティック時代に、スーパーで握手して貰ったヴァン・ダイクのファンでもある。サンダーランド時代からプレースタイルを何度も変化させてきた、ヘンダーソンも好きな選手。

フットボールは基本的には手を使えないスポーツだが、例外となるプレーもある。それがスローインだ。タッチラインからボールが外に出たとき、リスタートで選手はボールを投げることになる。普段は使わない筋肉を使い、ピッチの中にボールを放り込むのだ。このプレーを有効活用したチームとして記憶に新しいのは、ストーク・シティ。魔境ブリタニアスタジアムは普通よりも狭く設計されており、そのピッチで躍動したのが「人間発射台」ロリー・デラップだ。筋骨隆々たるロングスローの達人は、スローインを長身選手に合わせて一瞬でチャンスを創出。まるでコーナーキックのようにスローインから相手ゴールを脅かす彼らを、アーセン・ヴェンゲルも厄介に思っていたという。

画像出典:Thomas Gronnemark氏 公式Twitter

そんなスローインを極めた男が、リバプールのコーチングスタッフに加わっていたことは広く知られている。Thomas Grønnemark。ギネスに認定されたスローイン最長記録保持者は、元々はデンマークのボブスレーチームでも活躍していた。

「スローインについて、私より前に考えていた人は沢山います。私は世界初の『スローインのことだけを考えている』人間なのです。スローインこそ、私の専門分野です」

彼の実力を懐疑的に見ていた人々も少なくないが、異色の専門家は実績で周囲を認めさせつつある。就任前にはプレミアリーグ18位の成功率(45.4%)だったリバプールのスローイン成功率は、68.4%まで上昇。リバプールはプレミアでも最もスローインをボール保持に繋げる確率の高いチームとなり、プレッシャーの中でもボールを失うことが少なくなった。トレーニングでは11vs11で実際のゲームに近い局面でのスローイン練習と、小さなグループに分割した個々の技術的なトレーニングを担当している。

リバプールの選手たちを眺めてみると、特にスローインを投げるのが多いのは両サイドバックだ。元々スローインを投げることが多いポジションだが、特にリバプールは両ウイングが内側に入り、外のレーンを両サイドバックが上下動する。一般的なチームよりも広い範囲を走り回る彼らは、攻撃にも絡むことが多い。そうなれば、自ずとスローインの回数も増えていく。彼らは攻撃の中核であり、サイドのスローインでも存在感を放つ。1つの重大な変化が、ボールの横を両手で支えるスローインから「片手でボールを支え、もう片方の手を添える」スローインとなったことだ。これは特に、アレクサンダー・アーノルドのスローイングのフォームが判りやすいだろう。

イメージとしては、バスケットボールのワンハンドシュートに近い。女子バスケットボールではボスハンドと呼ばれる両手撃ちも使われるが、男子バスケットボールでは利き手でシュートを撃ちながら逆の手を添えるワンハンドが主流となっている。その理由としては、コントロール性・セットまでのスピード・調整の自由度が有利に働くからだ。そのようにスローイングの方法を変えることで、リバプールは正確で速いボールを味方の足下にピンポイントで届けることを可能にした。その意識を象徴するのが、ボールを両手で持つ時間を減らしていることだ。リバプールの選手がスローイング先となる受け手を探すとき、彼らは片手でボールを持ちながら「逆の手でチームメイトに指示を出す仕草」をすることが多い。彼らは片手でボールを投げる意識を保ちながら、味方とのコミュニケーションにも添える側の手を使っているのだ。これによってふわりと浮くような軌道のスローインは減り、足下に適切なスピードのボールを届けやすくなった。

スローイン自体の原則は、Grønnemarkによって明確に定められている。彼はスローインを「ロングスローイン/速いスローイン/賢いスローイン」の3つに分別している。ロングスローインは直接的に相手ゴールを脅かす武器だが、Grønnemarkは「フィジカルと高さに優れたチームにとっては有益だが、主流ではない」と語る。あくまでロングスローは彼にとってオプションであり、長いスローインを延々と狙っていくようなスタイルは好まない。しかし、長いスローインはオプションを増やすという視点では有益だ。Grønnemarkによれば、「ロングスローインをリバプールで教えているのは、広いエリアへのスローインを可能にすることでオプションを増やすこと」だ。長身選手の頭にダイレクトで合わせるのでなく、あくまでリバプールにおいてスローインの目的はマイボールの状態を保つことだ。

画像出典:Thomas Gronnemark氏 公式Twitter

「速いスローイン」は、リバプールのフットボールにおいて最も重要な概念だ。トランジションゲームを主とする彼らは、 相手の位置関係が整う前にボールを味方に繋げようとする。基本としては5秒以内のスローインが理想とされており、速攻のように相手に落ち着く時間を与えない。その為に、リバプールはボールがピッチの外に出た場合、最も近い選手がスローインを狙うことを徹底している。

理想となる縦への「速いスローイン」が難しい場合、効果的なのがフェイクだ。縦に走り込む味方が相手の守備組織を引っ張れば、近い味方がフリーになりやすい。また、「速いスローイン」を選択出来なかった局面では「スローインする選手の交代」も可能だ。傾向として、元々スローインをする予定だった選手はボールを受け渡した後にフリーになりやすい。このような相手と駆け引きしながらのスローインは、「賢いスローイン」となる。これは最も重要視されているスローインであり、「デザインされた動きで、フリーマンやフリースペースを作り出す」。彼はデザインされた連動によって、必然的にボールを繋げる可能性が高い状況を創出していく。

リバプールは狭いスペースで相手を囲み、ボールを回収することを得意としている。スローイン時も彼らは選手を片方のサイドに寄せ、ボールの受け手を増やそうとする。数的優位を作ろうとするチームにおいて、重要な存在となるのがロベルト・フィルミーノだ。ポジションを選ばない彼は、センターフォワードとは思えない位置でボールを受ける。技術にも優れた彼の存在は、リバプールの重要な受け手になっている。低いスペースで相手からのプレッシャーから逃げる手段として、リバプールが得意としているのがワンツーからの自動化されたサイドチェンジだ。受け手がボールから遠ざかるフェイクを挟み、スローインをダイレクトでリターン。そのボールをダイレクトで逆サイドにサイドチェンジすることで、相手のプレッシャーを回避していく。ボールを投げた選手がキッチリと用意していることで、ダイレクトで戻されたボールを迷わずに逆サイドに散らすことが可能となる。

このようにリバプールはデザインされたスローインと連動を組み合わせることで、密集したサイドのスペースでのボール保持率を高めることに成功。同時にセカンドボールを回収しやすい密集を保つことで、元々の武器であった激しいプレッシングのスイッチとしても活用していく。連動によってフリーマンを作れる局面では、フリーマンにボールを供給することでボールを保持。マークが激しくフリーマンが見つからなければ、大胆にスペースを狙うことでシンプルに打開しようとする。同時にスペースを狙うボールに選手が競り合えば中途半端な位置に落ちることが多いので、リバプールはセカンドボールを回収しようと動く。そういった視点で言えば、リバプールのスローインは二段構えとなっていた。現代フットボールの盲点となったスローインに着目したことで、クロップのチームは更なる進化を遂げたのである。<了>


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