アダム・ララーナ。異質な天才との別れ。

The following two tabs change content below.
結城 康平

結城 康平

月刊フットボリスタの連載に加え、複数媒体に記事を寄稿中の文筆業。留学中は、アンドリュー・ロバートソンの出身地であるグラスゴーの大学院に通う。セルティック時代に、スーパーで握手して貰ったヴァン・ダイクのファンでもある。サンダーランド時代からプレースタイルを何度も変化させてきた、ヘンダーソンも好きな選手。

アダム・ララーナが、今のリバプールで全盛期を迎えていたら…。あくまでもifの世界でしかないが、ララーナはユルゲン・クロップの副官として存在感を増すペップ・ラインダースが追い求めるポジショナルなフットボールに見事に適合したのではないだろうか。ヘビーメタルに例えられるフットボールを目指すリバプールにおいて、そのボールタッチだけで「世界の時間を止める男」の存在は異質だった。

画像出典:LFC公式Twitter

AFCボーンマスで指導者やスカウトを歴任したTerry Wateridgeは、今もララーナの笑顔が忘れられないと語っている。ロンドン育ちの少年は、毎週2ポンドを握りしめてグラウンドを訪れていた。ボーンマスが地元の少年向けに毎週開催していたトレーニングは8歳〜9歳向けであり、身体の小さなララーナでは危ないと考えていたのだ。しかし、結果的に毎週のように通い続けた少年に根負けし、Wateridgeは彼の参加を許可する。6歳でも十分に歳上の少年に匹敵した彼を、Wateridgeは「未来が見えているようなプレーをする少年だった」と回顧する。2000年には若手育成に定評があるサウサンプトンに移籍し、12歳の少年はフットボーラーへと成長していく。AFCボーンマスが移籍金の25パーセントを支払う条項で少年を放出したことで、結果的にボーンマスは数年後に600万ポンドを得ることになる。それは彼らの慧眼でもあったが、エディ・ハウが長期的にチームを指揮している今だったら、サウサンプトンにララーナを手放しただろうか。運命の歯車がズレていれば、攻撃的なフットボールを志向するエディ・ハウのチームを象徴するアタッカーとなっていたのかもしれない。

しかし、4-4-2に未だ支配されていた当時のイングランドにあって「例外」だったのが当時のサウサンプトンユースだった。当時育成の実力者として欧州に名を轟かせたGeorge Prostがポゼッションを主体とした4-2-3-1を導入し、サウサンプトンのユースチームからは次々と怪物が現れる。ギャレス・ベイル、テオ・ウォルコット、アレックス・オックスレイド=チェンバレン…彼らは英国全土の才能を発見するスカウティングシステムを強化すると同時に、設備と指導者に惜しみなく投資。ヨーロッパ全土に卒業生を送り出していく英国最高レベルのユースチームは、テクニックに優れた青年にとって最高の環境だった。母国フランスに戻った後もシュナイデルランを発掘したように、George Prostは確かなスカウトとしての眼力を持っていた。彼のトレーニングは、フランスで親しまれている個人トレーニングを重要視するスタイルだった。左右の足を平等に鍛えるテクニックトレーニングを繰り返したことで、ララーナは「どちらの脚が利き脚なのか、自分でもわからなくなった」とコメントしている。両脚での正確なキックとコントロールは、ララーナのフットボーラーとしての特性となる。スピードで勝負することに頼らず、テクニックで相手を欺くことが彼の特徴となった。そのような環境で磨かれたテクニシャンは、サウサンプトンのトップチームでも攻撃の中核となる。特にハイプレスからのショートカウンターをチームに浸透させたマウリシオ・ポチェッティーノはララーナを重用。攻守が入れ替わっていくゲームにおいて、ララーナは崩しを担当するアクセントとなった。ポチェッティーノは「シャビやイニエスタ、セスクのようなテクニックを武器にする選手だ」とララーナを絶賛した。

画像出典:LFC公式Twitter

2014年にリバプールに加入した彼は、常にプロフェッショナルとして存在感を放ち続けた。加入したシーズン序盤に怪我で離脱するも、9月に復帰した後は期待を上回るパフォーマンスを披露。更にそのプロフェッショナルとしての真摯な態度は、新監督となったユルゲン・クロップを魅了することになる。特に2015-2016シーズンは彼のベストシーズンで、ハイプレスを仕掛けるチームを牽引する存在となった。その後は度重なる怪我やモハメド・サラーの加入によって出番を減らしたが、チームの一員としての意識は常にクラブに良い影響を与え続けた。トレーニングには誰よりも真剣に取り組み、クラブの栄養士には自らの食生活の課題について様々な質問を投げかける。衰えない向上心とプロフェッショナルとしての態度は、クラブの若手選手にも良い影響を与えていく。

ララーナのプレースタイルは、テクニックに優れた両利きのアタッカーだ。アシストと得点を器用に使い分け、中盤に下がりながらのプレーも苦にしない。しかし、ララーナが他の選手を寄せつけなかった武器こそ「重心の下にあるボールを扱うテクニック」だった。ララーナは普通の選手であれば窮屈になってしまうような位置に置いたボールでも、それを抜群のテクニックから次のプレーに繋げる。この独特のボールタッチこそが、ララーナが最もイニエスタと比較される理由だった。相手が足を出してもボールに届かない理由は、重心の中央にボールを置くプレーにあったのだ。これは、ニューカッスル戦のゴール(第3位)を見て貰うと解りやすいかもしれない。受けたボールを身体から放さずにコントロールしながら、自然にシュートに移行。この流れるような動きによって、ララーナは相手のブロックを外していく。

同時にボールを重心の下に置くスキルは、相手のタイミングをズラすことにも繋がる。WBA戦のゴールは、普通の選手ならシュートを狙っているタイミングで更にワンタッチを挟んでいる。これによって相手はタイミングを読み間違えてしまい、狙うべきコースが生じているのだ。同時にクロップのチームにおいて、ファーストプレスの精度は別格だった。ララーナとヘンダーソンが前からプレッシングを仕掛ければ、相手が抜け出すスペースは失われる。彼はクロップの理想となるポジショニングを体現しており、リバプールにとって欠かせないカードだった。怪我が増えた近年はトレーニングマッチでは中盤の底で起用されるなど、視野の広さを別のポジションで活用する方法を模索されていたように、クロップやラインダースはララーナを重要視していたのだろう。

画像出典:Adam Lallana公式Twitter

そんなララーナとの別れは、リバプールにとっても大きな転機となるはずだ。アクセントとなれるアタッカーの代役を探すクラブにとって、補強は1つの選択肢になるだろう。フルハムから獲得した原石ハーヴェイ・エリオットも、虎視眈々とチャンスを狙っている。スチュワート・ダウニングやアシュリー・ヤング、ライアン・ギグスのような英国のトッププレイヤーは、スピードやフィジカルといった羽を失った晩年もプレースタイルを微調整しながらトップレベルに適応。見事に若き日とは異なった姿で、ピッチで存在意義を示した。その聡明さとテクニックを考えれば、ララーナもここで終わる選手ではない。グラハム・ポッター率いるブライトンへの加入が決定した彼が、どのように次のキャリアを歩むのか。それもまた、楽しみだ。<了>


『“総力戦”時代の覇者 リバプールのすべて』/結城康平 2020/7/29発売!
最先端理論が導く“奇跡”の方程式
◆ゲーゲンプレッシングとポジショナルプレーの融合
◆闘将クロップを支える謎の専門家集団
◆勝利を再生産するフロントの経営戦略
「復活した名門」の秘密に、『ポジショナルプレーのすべて』を執筆したWEB発・新世代ライターが挑む。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

結城 康平

月刊フットボリスタの連載に加え、複数媒体に記事を寄稿中の文筆業。留学中は、アンドリュー・ロバートソンの出身地であるグラスゴーの大学院に通う。セルティック時代に、スーパーで握手して貰ったヴァン・ダイクのファンでもある。サンダーランド時代からプレースタイルを何度も変化させてきた、ヘンダーソンも好きな選手。