青天のへきれきだった退陣声明から1年

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平野 圭子
LIVERPOOL SUPPORTERS CLUB JAPAN (chairman) My first game at Anfield was November 1989 against Arsenal and have been following the Reds through thick and thin
平野 圭子

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ユルゲン・クロップが昨季末で去るという決断を公表し、Liverpool陣営をどん底に突き落とした青天のへきれきの退陣声明から、1月26日でまる1年が経過した。声明の直後に制作が開始され、2月28日にAmazon Primeで放映されることになったドキュメンタリー「懐疑心を信頼に(Doubters to Believers)」の予告編が公表された。

Liverpoolファンは、その時の衝撃を振り返り、クロップを失う悲しみと同時にチームの行方に関する危惧がぬぐえなかった苦悩を語り合った。クラブ史上最も重要な監督として誰もがビル・シャンクリーを上げるが、クロップはシャンクリーを彷彿させる情熱でファンの心に深く根を下ろしたことも、同様にファンの間の共通認識だった。性格では二人とは正反対という冷静で物静かな人だったボブ・ペイズリーは、成績ではシャンクリーを超える業績を作り、Liverpoolの黄金時代を強化したクラブ史を引用し、クロップの次の章はペイズリーになるかもしれないと、ファンは頷き合ったものだった。ただ、それは現実的な期待とか予想というよりは、悲しみの中で前向きになるために自分たちを力づけたものだった。

そして1年経った今、Liverpoolはプレミアリーグでは2位に6ポイント差の首位で、得点数も失点数もトップだった。CLでは7戦7勝で最終日を待たずにラスト16自動的勝ち抜きを確保し、最悪でも2位が確定していた。リーグカップは準決勝まで進み、FAカップは4回戦を迎えるところで、現時点で4つの優勝杯の可能性を残していた。ブレントフォード監督のトーマス・フランク、リール監督のブルーノ・ジェネジオ、バルセロナ監督のハンス・フリックから、「Liverpoolは現時点で世界のベスト・チーム」と主張する声が上がり、ヨーロッパ各地のメディアが後押しする記事を掲げた。

青天のへきれきだった退陣声明の時に、1年後にこうなることを予測した人は皆無だった。そして、その立役者がアルネ・スロットであることは、今では誰もが指摘するようになった。スロットの冷静な人柄は、試合の分析はもちろん、移籍や契約更新などの意地悪な質問の対処など、公の場での言動に安心感をもたらしていた。

1月24日の記者会見で、前の試合(CLリール戦。試合結果は2-1でLiverpoolの勝利)について「プロフェッショナルな試合をした(※僅差で勝っている方のチームが守備固めでリードを守り切ること)」と、ジャーナリストが切り出した時のスロットの対応は、ファンの間で大きな話題になった。リール戦の後で、お父さんから電話が来て「つまらない試合だった」と批判されたと、スロットは笑いながら明かした。「私の父はファンなので、ファンとして率直な感想を言った。私は監督としての立場から、あのような試合は簡単に負けるリスクが高く慎重なプレイが必須だと説明したが、理解してもらえなかった」。

記者席から上がった爆笑を背景に、スロットは、世間が絶賛したカーティス・ジョーンズの絶妙なアシストについて及んだ。「カーティスのあのパスは、私は『ばかげたボール』と呼んでいるのだが、正確さをちょっとでも欠いたら相手に付け込まれる高リスクだ。例えばノッティンガムフォレストはカウンターアタックではベスト・チームだが、フォレスト戦であの『ばかげたボール』を出せば自分の首を絞めるようなものだ」。居合わせたジャーナリストは、目を丸くして耳を傾けていたが、「ばかげたボール」とスロット父子の会話が翌日のメディアを独占し、スロットのユーモアセンスが更に定評を呼ぶことになった。

1月14日のノッティンガムフォレスト戦(試合結果は1-1)で、試合中にフォレスト・ファンのスタンドから「アルネ・スロット、あなたは我々にこだわっているのですね(‘We’re in your head!’)」チャントが盛大に響いた。つまり、スロットは何かにつけフォレストの名を上げていたが、プレミアリーグで唯一の敗戦を食らった対戦相手としてフォレストのことを「こだわっている」という、ユーモアあふれる揚げ足取りだった。試合後の記者会見でそのチャントについて意見を問われて、スロットは、「フォレスト・ファンが我がチームのプレイを誉めてくれているのだと理解した」と、笑って交わした。

Liverpoolファンも、フォレスト・ファンのチャントをユーモアとして受け止めた。「スロットがインタビューの中で一度もフォレストの名を出さないと、何か足りないと落ち着かない気持ちになる」と、ジョークを言って笑った。「ジョーンズの『ばかげたボール』には爆笑したし、スロットとお父さんとの会話を是非聞きたい」と、ファンは笑顔を交わし合った。「スロットが記者会見でジョークを言うようになったのは、安定して余裕が出て来たということだ」。

1年前の青天のへきれきだった退陣声明の後で、一時は最有力の後任監督候補として噂に上がったルベン・アモリムは、11月にマンチェスターユナイテッド監督に就任して以来、Liverpoolファンの間でも頻繁に話題に上がっていた。プレミアリーグ12戦4勝2分6敗の成績だけでなく、既存の選手層を有効活用するフォーメーションというよりはバック3に固執する頑固な方針に加えて、12月26日のウルブス戦(試合結果は2-0でウルブスの勝利)の後で降格の可能性をほのめかし、1月19日のブライトン戦(試合結果は3-1でブライトンの勝利)では「クラブ史上最悪のチーム」と断言するなど、顕著な発言がヘッドラインを飾っていた。

「アモリムではなくスロットが来てくれて良かった」と、Liverpoolファンは胸をなでおろした。アモリムがほぼ決定のように報道されていた時に、ウエストハムを訪問して面接したという真相が明るみに出て、直後にスロットが浮上したのだった。ただ、アモリムの行動が原因でLiverpoolのクラブがスロットに乗り換えたのではなく、バック3を主張したためにLiverpoolはアモリムを候補から外したという説が出た。更に、スロットが正式になった後で、「真相は、Liverpoolは監督候補の人材をあらゆる角度から総合的に評価し、最も評点が上だったのがスロットだった。アモリムの噂がピークだった時も含めて、最初からスロットが本命だった」と、アスレチック紙のLiverpool担当ジャーナリストが掲げた。真相はもちろん未公表だった。

タイムズ紙は、クロップのドキュメンタリーの報道で、青天のへきれきだった退陣声明から1年間の変遷について見解を記した。「クロップからスロットへの継承がこの上なくスムーズだったのは、Liverpoolが変革ではなく進化を選んだからだった。スロットは、クラブに対して戦力補強を強要することなく、既存の選手たちの能力を最大限に引き出すべくトレーニンググラウンドでハードワークを注入してきた。その結果、クロップから引き継いだ選手たちはスロットの選手たちになった」。

*本記事はご本人のご承諾をいただきkeiko hiranoさんのブログ記事を転載しております。

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