今こそ知りたいリバプールの伝説。スティーヴン・ジェラードとは何者か?

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トリコレッズ

トリコレッズ

日本ではマリノスファンなので、Redsの虜(トリコロール=マリノス)という意味でトリコレッズという名前にしました 戦術・選手分析などをしていきたいと思います

「昨日のチャンピオンズリーグ見た!?」

2005年、5月26日のことだった。

当時、地域のサッカー少年団に所属していた(ポジションはセンターバック、背番号は8番だった)私は、同じチームで同じ小学校に通う仲間から、授業終わりにそう声をかけられた。

当時は小学5年生かそこらだ。その頃からJリーグのサポーターではあったものの、海外サッカーは当時BSで放送されていたリーガ・エスパニョーラ(この言い方そのものが懐かしい)を見るだけ。他のリーグ、特に決勝戦以外を視聴するには有料放送を契約する必要があるチャンピオンズリーグは、ほとんど見ていなかった。

しかし、その友人のあまりの熱っぽさを見るに、どうやらその決勝ではとんでもないことが起きたらしい。喋りそうになる友人の口をどうにか抑えきって帰路につき、ひとまず録画してあった決勝戦を見ることにした。対戦カードはACミラン対リバプールだ。ミランは知ってるが、リバプールってどこだ? 赤いのがミランか? いや、赤がリバプールらしい。どれどれ、どんな試合なのか、お手並み拝見だ……。

この後は説明不要だろう。そう、あの時友人が薦めてくれたのは、有名にも程がある「イスタンブールの奇跡」の試合だったのだ。

その試合を見て、釘付けになった選手が二人いた。一人は、まだ若かったが、プレーのエレガンスとそのイケメン度合いは隠しようがなかった14番、シャビ・アロンソ。同点となる3点目のPKを(どうにか)沈めた選手だ。

そしてもう一人。0-3の状況から打点の高いヘディングを決め、サポーターを煽ってチームを鼓舞したキャプテンマークの8番。いかにもイギリス人らしい顔立ち、そしてあどけなさの中にも少し苦み走ったような表情が印象的だった男。そう、スティーヴン・ジェラードだ。これが、私とリバプールの、そして私とジェラードの出会いだった。

期待の若手から中心選手へ。飛躍した「ローカル・ラッド」

そこからさらに遡ること約6年半。1998年11月29日に行われたアンフィールドでのブラックバーン・ローヴァーズ戦、リバプールは2-0でリードしながら試合終盤を迎えていた。当時の監督ジェラール・ウリエは90分、右SBの交代を決断する。ヴェガール・ヘッゲム(申し訳ない、この人のことはよく知らない)との交代要員としてウリエが呼びつけた彼こそ、ユース上がりの18歳、新進気鋭のローカル・ラッド、スティーヴン・ジェラードだった。

マージーサイド州ウィストンに生まれたジェラードは8歳でリバプールのアカデミーの門を叩くと、そこからリバプール一筋。マイケル・オーウェンa.k.a.馬主やジェイミー・キャラガーらと共に実力を磨いた。

画面右がウィストン。アンフィールドまでは車で20〜30分ほどの距離だ

その後、00-01シーズンのカップトレブル(UEFA杯、FAカップ、リーグカップをすべて優勝)などを経験しながら、プレーヤーとしてメキメキ成長。本来の位置である中盤にポジションを移すと、2003年には23歳の若さでキャプテンに就任。名実ともにチームの中心となった。

その後も前述した04-05シーズンのCL決勝「イスタンブールの奇跡」や、05-06シーズンのFAカップ決勝“ジェラード・ファイナル”など、大一番で驚異的な勝負強さを発揮。数々のタイトル獲得に貢献した。

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“ジェラード・ファイナル”のハイライト。2本のミドルシュートも圧巻だが、チーム1点目のシセへのアシストも常軌を逸した正確さだ

ジェラードの代名詞。何度もチームを救った「ジェラード砲」

ジェラードという選手の1番の特徴は、なんと言ってもミドルシュートだ。そして私は、この時期のジェラードのミドルシュートは別格だと思う。04-05CLグループステージ最終節オリンピアコス戦で沈めた起死回生のシュートや、05年のトヨタカップ(現CWC)準決勝で見せたダイレクトボレー、そして前述のジェラード・ファイナルで見せた2本など、印象的なシュートを立て続けに沈めている。

オリンピアコス戦、ジェラードのゴール。Ya Beautyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!!!!

ジェラードは、プレーヤーとしてはいわゆる「ボックス・トゥ・ボックス」の選手だ。中盤センターからピッチ中を駆け回り、パス、ドリブル、シュート、タックル全てに秀でた万能型MFである。

まずはプレーを見てもらうのが速いだろう。下はリバプール公式がアップしている、ジェラードのリバプールでのキャリア全ゴール集だ。37分と長い動画だが、見てもらえれば彼のプレーがわかると思う。オールドファンたちは自分の好きなゴールを見返しながら思い出に浸り、初見のファンは彼の素晴らしさをぜひ知って欲しい。

何よりもまず、99-00シーズンに記録した初ゴールからして物が違う(0分34秒〜)。デビュー2年目の若手とは思えない、落ち着いたゴールだ。ストライドの長い独特のドリブルとボディフェイントで相手を2人かわし、キーパーとの1対1もしっかりと流し込んでいる。

シンプルに、彼はめちゃくちゃ上手い。ミドルシュート、ドリブル、パス、プレースキック、タックル、どれをとってもワールドクラスだ。また、デビュー直後こそ線の細さが目立ったが、その後のトレーニングによってフィジカル的な強靭さも増し、ジャンプも高く、スピードもあった。これほど完成されたミッドフィルダーは、贔屓目なしで、現在までほぼ存在しないと思う。強いていえばケビン・デ・ブライネだ。っていうか、あんたリバプールファンなんだろ?なんで「そっち」側にいるんだ?

まぁ、それはともかく。

最強メンバー集結、ゴールデンコンビ結成。ジェラード、全盛期へ!

話を2005年に戻そう。そこから、ジェラードの上り調子に合わせるかのようにチームもメキメキと成長していった。ペペ・レイナ、マスチェラーノ、カイト、そしてフェルナンド・トーレス。ワールドクラスを次々と獲得し、最強のチームが出来上がったのだ。

その完成形はやはり08-09シーズン。スタメンを見れば一目瞭然だ。

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どうだろうか、この中盤の豪華さ。シャビ・アロンソ、マスチェラーノ、そしてジェラードだ。世界中どのクラブにも負けない、完璧なトリオだった。

そしてジェラードとトーレス。言わずもがなのゴールデンコンビだった。ジェラードがトーレスを引き立て、トーレスがジェラードを信じる。トーレスが走り込めばジェラードからパスが出て、ジェラードからパスが出ればトーレスがゴールを決める。この二人のプレーを見ると、ゴールとはなんと容易いものだろうと思った。

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個人的には、今でもこのチームが一番好きだ。太陽のように明るいペペ・レイナ。キャラガー、シュクルテル、アッガーの濃すぎるCB陣に対して、玄人好みの両SB。説明不要の黄金の中盤。疲れ知らずのダッチマン、ディルク・カイト。デカくて速いリエラ。そして黄金の髪を靡かせ、ゴールを陥れる「神の子」トーレス。スピーディーで、パワフルで、美しい。下位チーム相手に時々取りこぼすところも含めて、極めて「リバプールらしい」チームだった。ベンチにもベナユンやバベル、ルーカス・レイヴァ、エヌゴグなど、一癖あるメンバーが並んだ。

オールド・トラッフォードでの1-4、CLでのレアル・マドリー5-0粉砕……思い出す記憶は限りない。特にOTでのユナイテッド粉砕は、のちの「0-5」に並ぶ最良の記憶だ。ジェラードによる「カメラにキス」という伝説のセレブレーションが生まれたのもこの試合だった。

個人的には、ラフプレーが目立ち好きではなかったユナイテッドのCB、ネマニャ・ヴィディッチを完膚なきまでに叩きのめしたのも痛快だった。

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この時期はまさに、ジェラードの全盛期と言えるだろう。優れたチームメイトに囲まれ、才能を遺憾なく発揮していた。

ただしそれでも、このチームはタイトルには届かなかった。08-09シーズンはプレミア優勝にわずか届かず、少し前だが06-07シーズンのCLも決勝で敗れた。カルロ・アンチェロッティというリバプール専属の地縛霊を生み出してしまったのも痛恨だった。

黄金メンバー解体。オーナー問題に揺れたリバプールとジェラード

そして、最良の時期は長くは続かなかった。シャビ・アロンソ(→レアル・マドリー)を皮切りに、アルベロア(→レアル・マドリー)、マスチェラーノ(→バルセロナ)、そして盟友フェルナンド・トーレス(→チェルシー)までも、タイトルに見放されていたチームを離れた。ラファ・ベニテスの人間的なドライさは、結果が出ている時には我慢できていたが、結果が出なくなると軋轢の元にもなった。

ジェラード自身、最終的にはヨーロッパでのキャリアはリバプールのみで終えたが、以前から移籍騒動がなかったわけではなかった。彼の獲得を熱望した監督こそ、スペシャル・ワンことジョゼ・モウリーニョだ。

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モウリーニョは第1期チェルシー時代(04〜07)に獲得を2度オファー。特に2度目、2005年にはジェラードも移籍に心が動き、移籍リクエストをチームに提出したという。もちろん、ジェラードは大炎上。……いや、これは比喩ではなく、事実8番のユニフォームを燃やす者が現れたのだ。だが、ジェラードは悩み抜いた挙句、やはり青いユニフォームは着られないと決断。リバプールとの新契約にサインした。

その後も、モウリーニョはインテルやレアル・マドリーの監督時代、ジェラードにオファーを送っていたという。ジェラード曰く、「5~6回はオファーをもらった」そうだ。

一度も交わることのなかった名将と名選手だが、純粋にサッカーファンの立場からすれば、二人の共演がちょっとだけ見てみたかった気もする。チェルシーやレアルに渡ったジェラードはどれだけのタイトルを手にして、どんな選手として語り継がれていたのか。その一方、果たしてリバプールはどうなっていたのか……考えたくもないが、そのぶん考えてみたくなるifの物語だ。

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二人はボールを奪い合ってばかりいたわけじゃないのだ

少し話がそれた。多くの中心選手を失ったリバプールは、ここから暗黒期へと突入する。当時のオーナー、ヒックス&ジレットが多額の負債を抱え込むなどの様々な問題を起こし、チームは混乱。もちろん、ピッチ上の成績も低下した。ジェラード自身もスキンヘッドだらけのスタメンに囲まれながら、浮かない顔でピッチを後にすることも多かった。

正直にいえば、僕はこの時期をあまり知らない。それこそシャビ・アロンソの移籍によって、僕自身もリバプールの応援から一時期離れてしまったのだ。どうやらこの時期、少なくとも日本のサポーターの中では、リバプールから離れてしまった人は少なくなかったらしい。

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理想的な話をすれば、チームの経営状態や選手繰りが厳しく、結果が出ない時にこそ、キャプテンはポジティブにチームを統率すべきだろう。しかしこの時のジェラードは浮かない顔をし、味方のミスにフラストレーションを溜めることもあったという。

これも、ジェラードの一面だ。言い方が難しいが、プレーヤーとしては完璧に近い彼でも、人間としては決して完璧ではない。若い頃には滾る気持ちを抑えられず、危険なタックルを繰り返したこともあったらしい。退場回数も多く、リーグ戦で計6回、カップ戦も含めれば7回。これはリバプールの選手としては歴代最多だ。2位のビスチャンやキャラガーらが3回であることを考えると、正直言って圧倒的に多い(データはこちら)。

個人的に一番ガックリきた彼の退場は、結果的に彼のリバプールでのラストシーズンになった14-15シーズン、ホームでのマンチェスター・ユナイテッド戦だった。後半から投入されたジェラードは、たった38秒でユナイテッドのエレーラを踏みつけ、退場処分を受けたのだ。ジョークで作られたものだろうが、ベンチからピッチに入った際の一本線しか描かれていないジェラードのヒートマップは笑い草になったものだ。試合も1-2で敗れた。

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これをヒートマップと呼べるのか

正直私も、あれには呆れてしまった。彼ほどの選手で、かつもう35歳のベテランになってまで、なぜ彼はこんなプレーをしてしまったのか?もっと落ち着いたプレーヤーになれないものか?彼はその点で、不完全なプレーヤーだったということか?

その答えは、ある意味ではイエスだし、ある意味ではノーだ。あまりの感情の強さは確かに彼の短所にもなったが、しかし逆にそれこそが彼のプレーヤーとしての、もしかしたら最大の長所だからだ。彼が強い感情に突き動かされるプレーヤーでなければ、彼は数々の奇跡を生み出すことなどできなかったはずなのだ。

イスタンブールの奇跡を呼んだ後半開始直後の1点目の後。彼は両手を振り上げ、チームを、そしてサポーターを鼓舞した。あれがジェラードだ。あれこそがジェラードだ。例え完璧でなくても、いや、完璧ではないからこそ、チームメイトとサポーターを巻き込んで共に戦い、その渦の中で自らのプレーも究極へと達する。それこそがスティーヴン・ジェラードという選手なのだ。そしてだからこそ、我々は彼のプレーに感情の全てを重ねたのだ。

感情的で不器用で、だからこそ愛すべきリバプールの男。それこそが、スティーヴン・ジェラードのもう一つの顔である。

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「MAKE US DREAM」そして……。英雄、聖地を去る

時は流れて、13-14シーズン第36節。僕はテレビの前で緊張していた。

正直、そのシーズンも最初の方はあまり見ていない。シーズン中盤ぐらいから、どうやら今年のチームは違うらしいと聞いて、まともに試合を見始めたはずだ。

その年、リバプールは気鋭の若手監督ブレンダン・ロジャーズに率いられ、攻撃陣が躍動。スアレスとスタリッジの「SASコンビ」、スターリング、ヘンダーソン、ジョー・アレン、コウチーニョなどが、美しく迫力のある攻撃を繰り広げていた。そのチームを、アンカーのポジションから取り仕切るのがジェラードだった。

流石にもう、身体的には衰えが見えていた。ただ、そのキックの精度はいまだに超一流。キャプテンとして、チームを中盤の底から支えていた。

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34節にはタイトル争いのライバル、マンチェスター・シティを3-2で撃破。チームの雰囲気は最高潮に達したが、ジェラードはチームメイトを集めて円陣を組み、ベテランらしくこう語りかけた。

「この試合は終わった。同じようにノリッジ(次節)に行こう。俺たちは一緒だ、行こう!」

しかし、そう語るジェラードの目にも、涙が光っていた。彼にとっての究極の悲願、それこそがプレミアリーグ優勝だった。

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そうして迎えた36節、チェルシー戦。ここで勝てば、リバプールの優勝はほぼ決まっていた。その、はずだった。

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もう、詳しくは説明しない。というか、できない。ここまで書いてきて、私も気持ちが昂っているのだと思う。今でもあの瞬間のことは思い出せる。時空が捻じ曲がったような、不思議な瞬間だった。ご存じない人は、申し訳ないのだが、ご自分で検索してほしい。

一介のサポーターですらそうなのだ。あの男はどんな気持ちだったのだろうか。ジェラードの自伝『君はひとりじゃない』にはその夜のことが記されているが、辛くて読めなかった。

いずれにせよ、リバプールは37節のクリスタル・パレス戦も3-3で引き分け、最終的には2ポイント差でマンチェスター・シティに優勝を譲ることとなった。チェルシーをはじめとしたライバルクラブのサポーターはいまだに、「その」出来事をもじった、品のないチャントを歌い続けている。

翌2015年、1月2日。ジェラードはシーズン終了後のリバプール退団を表明した。最終節では1-6とストーク・シティに大敗するも、ジェラード自身はプレミアリーグでのラストゴールを記録した。

リバプールFC公式Twitterより引用

スティーヴン・ジェラード。プレミアリーグ出場504試合、公式戦出場710試合。獲得したメジャータイトルは11。正真正銘の伝説の、アンフィールドでの旅が終わったのだった。


その後はアメリカMLSのロサンゼルス・ギャラクシーに移籍したのち、2016年末で現役を引退。2017年にリバプールユースのコーチに就任すると、2018年にはスコットランドの名門、レンジャーズFCの監督に就任。財政破綻や下部リーグ降格などによってタイトルから遠ざかっていたレンジャーズを立て直し、宿敵セルティックの9連覇を阻んで2021年に10年ぶりのリーグタイトルを獲得した。

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その後、2021-22シーズンの途中でアストン・ヴィラのディーン・スミス監督が解任されたことに伴い同チームの監督に就任。プレミアリーグへの帰還を果たしたが、2022年10月20日に成績不振を理由に解任された。

2023年夏にはサウジアラビアのクラブ、アル・イテファクの監督に就任。ジョーダン・ヘンダーソン(2024年1月にオランダのアヤックスへ移籍)やジニ・ワイナルドゥムなど、リバプールに所属していた選手たちと共に、監督として新たなスタートを切った。


長い記事も、そろそろ終わりに差し掛かろうとしている。個人的な感情や体験と共に、ジェラードのリバプールでの人生を紹介してきた。

たぶん、ジェラードのいる時代を見てきた人には、ジェラードに関するそれぞれの個人的な感情や体験があるだろう。私はこの記事を書きながら、それを知りたいと思った。多くの人の人生にとって、スティーヴン・ジェラードとはどんな人物なのか。彼のどこに魂を震わせ、彼のどこを直してほしかったか。どこに可愛げを感じて、どこに勇気づけられたか。それを語りたい。今回書けなかったこともたくさんある。

ジェラードをよく知らないという人には、今からでも遅くはない、できればジェラードのことを知ってほしいと思う。新参とか古参とかそこまで気にしないが、彼だけはリバプールサポーターの「必須科目」だ。そのプレーが、魂が、アンフィールドに残したものを知ってもらいたいと思う。

先のことはわからない。もしかしたらまた、リバプールとジェラードの航路は交わるかもしれない。そうしたら私たちサポーターは、「キャプテン・ファンタスティック」が示す羅針盤に身を任せよう。港町リバプールが産んだ英雄と共に、またあの興奮と奇跡の日々を楽しもう。

集う場所はたった一つ、「This is Anfield」だ。

スティーヴン・ジェラード、我らが永遠の英雄に寄せて。

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