リバプールはなぜ選手を買い渋るのか-FSGの懐事情と算段

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ITATSU

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リバプールFCにまつわるなんでも、ファンも選手も戦術もユニフォームも文化もお金も、気になってしまう浅く広い雑食系サポーターです。

移籍市場でとにかく静かなリバプール。「お金がない」とはよく聞くが実態はどうなのか。

SwissRableというフットボールの会計について語るブログがtwitterでリバプールについて発信していた内容をじっくり読んでみた。一部をかいつまんでまとめる。

私は特に会計に優れた知識を持つわけでもない素人なので、それを前提に読んでいただきたい。逆に全くわからない人にも伝れば、と思い書くので馴染みのない人も読んでもらえると嬉しい。有識者の皆さんは是非色んな追加意見を教えてください。

詳細に入る前に前提知識を。
企業の会計報告では3種類の財務諸表がある。
①貸借対照表
②損益計算書
③キャッシュフロー計算書

①は決算日(報告した日)時点における資金の「調達」と「運用」を表す。
 調達:どのようにお金を手配したか。負債(借金)なのか、資本(自分達の財産)なのか。
 運用:調達した資金をどのように活用したか。

②は企業活動で得た売上から人件費や税金などあらゆる出費を引いていき、その年利益が出たのか、損失が出たのか説明するもの。ここで利益が出ていた場合、①においてこの利益が資本にプラスされている。損失の場合資本からマイナスされる。
 『①が結果で②が原因』と考えるとわかりやすいらしい。

③は実際の現金の流れは①や②の内容と異なっているのでその説明。

この記事での説明は②の内容が主となる。

※引用するSwissRambleの金額や表の単位は£1m=100万ポンド。

詳細:直近2年間の会計報告分析

18-19季は最終的に£4190万の黒字だったが、19-20季は£4630万の赤字に転換してしまった。
下図Profit / (loss) before tax の内容。2019は41.9(黒文字)だったのが2020は46.3(赤文字)になっている。

好調だった18-19の会計

それが伺えるデータがいくつかある。

EBITDAの成長

 EBITDA:国によって金利水準、税率などの方法が異なる。これを最小限に抑え企業の収益力を比較することができる指標。雑に言ってしまうと売上-営業コストの数値。 (※正確な説明はこちらを参照ください:EBITDAとは )
フットボールに限らない一般的な会計指標であるこの値が2016年以来伸び続け、リバプールの歴史上最高値。

収入の拡大

過去3年間の£2億3100万の成長はビッグ6で2番目。1位スパーズを除く4チームよりはるかに急速なペース。収益自体もイングランドで3番目。

その収入の内訳について。
※フットボールチームの収入源は大きく3つある。TV放送収入、マッチデー収入、コマーシャル収入。

TV放送収入:試合を放送することで得られる収入

放送による収入は£2億6400万に。バルセロナとマンチェスターシティをわずかに上回って、欧州1。

CLのインパクトは大きく連続で決勝進出した直近2シーズで€1億9200万、5年間累計では€2億6400万の収入となり、1年出場が無いにも関わらずビッグ6ではシティに続く2番目となっている。※ここだけ単位が€になっている。

マッチデー収入:試合日にスタジアムで得られる収入

ホームゲームが2試合減ったにも関わらず前年より4%伸び、£8400万。18-19はリーグで3番目の収入。メインスタンド拡張時の£6400万から伸び続けており、FSGが買収した当時(£4300万)の倍近くになっている。

コマーシャル収入:スポンサー契約、物販、ブランドライセンス料など商業的な収入

過去3年で成長幅は£7200万。3年累計ではスパーズを除きビッグ6で最上位。

一転、赤字転落した19-20

これらを集計したのが冒頭の損益計算書のTurnoverの部分。
冒頭でも説明した通り£4190万の黒字が£4630万の赤字になったということは£8820万もの利益の減少があった、ということになる。当然原因はコロナウイルスのパンデミックによって正常な活動ができなかったことが要因だ。

Swiss Rambleの見立てではコロナによる収入減は£6000万となっており、これがなければ収入はクラブ記録となる£5億5000万に到達していた。(Swiss Rambleのスレッドではより詳細に損失の大きさを伝えているので関心があれば覗いてみてほしい。)

コロナショックへのFSGの対応

それでもFSGは会計上の結果が少しでも良くなるような努力をいくつもしている。

会計の繰越

通常5/31で閉じる会計がリーグ中断により延期された。シーズンが終わるまで伸ばすこともできたが、リバプールは6/30で閉じた。(リーグ戦9試合分の収支が少ない。この部分の利益があれば翌シーズンプラスにできる。)

新しいサプライヤー契約によるコマーシャル収入増

コロナ禍で影響を受けるクラブもある中、£2億1700万へ16%の拡大。

新サプライヤー:ナイキとの新契約はベース+ロイヤリティという形態になっており合計£7000万となると推察される。またAXAとの契約はトレーニングウェアだけでなくトレーニングセンターのネーミングライツを販売することで£ 2000万に。

役員報酬のカット

£180万から£130万に26%削減。ユナイテッドのウッドワード、スパーズのレヴィの半額以下。

・移籍金の努力(噂)
選手獲得にかかる移籍金の支払を可能な限り値切る、さらに分割払という手段にこぎつけたという噂もあった。節約は当然意味があるが会計上別の好影響があることは後ほど解説する。

マイケル・エドワーズ

・TV収入、CL分配金

こちらはFSGというよりチームの成績が大きく貢献している内容だ。
リーグ戦のTV放送収入:高順位ほど分配金が多くなる。18−19季2位、19−20季1位ということでこの2年のTV収入は最多。
CL分配金:CLも実は同様に順位によってTV放送分配が異なる。上位であるほど大きい。以下表は18−19季の成績に基づいて決定された19-20季の分配金。

1位マンチェスターシティ13.6m
2位リバプール10.2m
3位チェルシー6.8m
4位トッテナム3.4m

優勝チームとして臨んだ20−21季は最大の収入を受け取れるほか(ベスト8で敗退し試合が減ってしまったので総額自体は少ないが)、低調ながら3位に漕ぎ着けた20−21季は考えうるベストのフィニッシュだったと考えられる。

これらの努力の結果、コロナ禍でも比較的まともな結果をもたらしている。

EBITDAリーグ3位
デロイトマネーリーグ5位*。
*欧州全土のフットボールクラブを収入で格付けしたランキング。19-20季バルセロナ、レアル・マドリード、バイエルン・ミュンヘン、マンチェスターユナイテッド に次ぐ順位。

損失も出したが11チームが£5000万を超える損失を出す中でリーグ全体での比較でそこまで悪くない。(£4600万)

好調な収入はどこへ消えたのか

さて、ではこれらの収入を何に使っているのか。

ここで再度損益計算書を見てみよう。

2020の列が19-20季決算、2019の列が18-19季決算の内容である。

繰り返しになるがここまで説明してきたのが一番上の項目:収入(Turn Over)であり、そこから費用や税金などあらゆる支出を差し引いていき、最終的に残った利益がいくらなのかと上から下へ見ていくのがこの表。かっこ()のものはマイナス。かっこがないものはプラス。TurnOverはそれぞれ489.9m、533.0mと莫大な金額になっているが、Expenses(費用), Non Cash Flow Expenses(非現金費用)の項目で大きく差し引かれている。

費用の内訳を見るとWages & Salariesとある。これは「賃金並びに給与」のこと。つまり選手の年俸である。(給与はクラブスタッフの人件費等と考えられる。年俸に比べれば少額なので議論から外す)このWagesがリバプールはクラブの売上規模に対して大きくなり過ぎてしまっているのだ。

Wages to Turnover

19-20の会計分析によれば収入が減ったにも関わらず、LFCの賃金支払額は5%増加し£32600万に上昇。

収入に対する賃金の割合は66%。ロジャーズからクロップへの移行期で人材過多だった2016年に迫る数値。(この時の主な新加入選手:ベンテケ、ミルナー) 並びに賃金上昇率(直近3年比較)でビッグ6トップの56%(£1億1700万)を記録。

「収入に対する賃金の割合」はWages to Turnoverと呼ばれており、会計分析においてはよく出てきたので頭に入れておくといいだろう。

移籍金支払いの計上方法

続いてもう一つ大きな出費になっているNon Cash Flow Expenses(非現金費用)の項目について。この金額のほとんどはplayer amortisationに割かれている。これは「選手の減価償却費」である。

メディアやブログでも説明される機会が増えているので既にご存知の方も多いかもしれないが、サッカー選手の移籍金は会計上、固定資産などと同様に「利用する期間、毎年価値が落ちていく」という考え方をする。(利用する期間かけて費用を支払うという考え方でも通る。)

例えば自動車メーカーの会社が1億円の自動車を作る機械を買ったとして、その年に費用として1億円計上されるわけではなく、5年使うという前提であれば毎年2000万円(1億÷5年)計上されるということ。(これを償却と呼ぶ)

サッカー選手も同様に、例えば新加入選手を5年契約、移籍金1億円で獲得したとすれば、損益計算書上の支出は年2000万円x5年ということになる。

ちなみにこの機械や選手の価値は毎年2000万円下がっていくということになる。
詳細: 減価償却とは

このロジックにより一般的な感覚とは異なる結果が会計上は出ることになる。
例えの話の続きをすると、この選手を2年目が終わったときに売却することになったとする。その時の移籍金は8000万円。ファンは「1億で取った選手を8000万で売るなんて損をした!クラブは何をやっているんだ!」と騒ぐ。しかし、上述の通り、2年経過後、この選手の価値は4000万落ちている(2000万x2)。 つまり売却時点での価値は6000万円になっているので、会計上は2000万円得する取引になっているのだ。(8000万-6000万)

こう言った点から選手売却による収入というのは会計上コスパのいい収入増の方法なのである。

話を戻すと、支出の中で2番目に大きい内容を占めているこの「選手償却費」。こちらも大きなリバプールの収入の投下先になっており、金額の伸びも大きくなっている。(私が計算した所、18-19時点で収入の伸びを給料並びに償却費の伸びが超えている。)

リバプールの会計を支えているもの

再度損益計算書を見てほしい。

Profit before tax の前に大きなプラスがある。profit on player sales、つまり選手売却益。この項目が大きなウェイトを占めているのもまたリバプールの経営構造の特徴である、というのがSwissRambleの見立てだ。

選手売却益のインパクトを示したグラフ。
特に、この項目がなければリバプールの収支はほぼ無いかマイナスになっている。(棒グラフの緑が実際 の利益、赤が利益から選手利益から選手売却益を除いた値)
マッチデー収入やTV収入はパンデミックのような危機において変動するリスクがあるのに対し、選手売却益はいい選手さえいれば莫大 な移籍金がつくことがあるという点、また上述の通り買い取る費用は償却(分割される)で扱われるのに対し選手売却による収入は一括であることから会計上効率が良いこの項目にリバプールの収益は助けられている。

よって、以上のような状況を鑑みると、
収入の大部分は人件費と移籍金の償却に使われている。
新たな選手獲得には選手売却益で得たお金しか使えない。
ということがリバプールが選手を買い渋るように見える理由だと考える。

なぜ他のクラブは買い続けることができるのか!

こんな疑問が飛んできそうである。
先に断っておくと、同じ精度で他クラブの会計を紐解かないと確かなことは言えない。

ただ、現時点での以下のように推測する。

 i)そもそも収入がリバプールよりバカでかい(マンチェスターユナイテッド、スパーズ)
 ii)「過去3シーズンの合計収支が一定の赤字でなければ良い」というFFPのルールをかわすギリギリ。(チェルシー)
 iii)奥義:FFPを守らない(マンチェスターシティ)

i)ユナイテッドがビジネス的にうまくいっていることは周知の事実。にも関わらずWages to Turnoverは56%とリバプールより10ポイントも低い。(19-20季) 一方今回引用したツイートでも散見されるように何故かスパーズが非常に好調なのでそこは深追いをしてみたい点だ。スパーズも会長が人気というわけではない人柄なので何か鍵が隠されていそうと邪推している。ユナイテッドのオーナーも不人気だ。その証は今回読み解く中で見た莫大な役員報酬に対して雀の涙な設備投資のグラフに現れていた。設備投資せずに選手獲得に回していることも資金投入できる要因かもしれない。

ii)FFPには「移籍金や給与などの支出が収入を上回らないこと」というルールの他に上記の「直近3年の合計収支が一定の赤字でなければ良い」ルールがある。(現在はコロナ禍を受けて緩和されている) チェルシーの選手獲得費用の推移を見ると綺麗に3年程度に1度大きな収入があった。
 一方FSGは律儀に毎年黒字を出すよう動いている。企業としては非常にクリーンであることは間違いない。それに3年目に必ず大型売却をしなくていい安定感がある。またコロナのような突然の危機にも対応しやすい。そもそもFSGは破産仕掛けていたリバプールを助けたわけで、経営で危ない橋を渡らないということはクラブ側の強いポリシーなのかもしれない。

iii)別に喧嘩を売っているわけではないが、これだけ緻密に頑張ってきたFSGの努力を思うと、「提出された証拠が違法に得られたものだから」という理由で違反が疑惑があったのに罰せられずFFPルールが瓦解したことはリバプールファンとして悲しいことこの上ない。

キャッシュについて

これらの会計の机上計算とは別に現金(キャッシュ)の動きはある。損益計算書上は償却でも実際のクラブ間の移籍金の支払いはキャッシュ一括であることが多い。(なので移籍金の分割払いでの合意はこの出ていくキャッシュも一時的には減らすことができるという意味がある。)

下図は19-20季キャッシュフローグラフと10年間のキャッシュフロー表である。

キャッシュが比較的少ないリバプールだったがコロナ禍を受けて、流石に大規模な融資を19-20シーズンの終わりに受けたことがわかっている。この現金が生まれたことで20-21シーズン直前のチアゴ、ジョタ獲得は成立したとみえる。
 10年間のキャッシュフローからは手元のキャッシュの大小と選手獲得への投資に一貫した関係性はわからなかったが、20-21季を前にかつてない規模の現金が手元にあったことは間違いない。21−22季を前にしてもその現金は少なからず残っていると思っている。

リバプールはまだ駆け出しベンチャー企業?!

最後は感覚的な話になるがここまで数字を見てきて思ったことを書き連ねる。

FSGが来て以来、収入も成績も右肩上がりである。一気に駆け上がったもののそれを維持するのに苦労しているというのが実態なのではないだろうか。

↓過去10年の収入の推移

様々なグラフや数値を見て、これだけ成長してもまだユナイテッドやシティそしてスパーズに及んでいない点、また人件費=チームを維持するために必要な費用が収入の大部分を使ってしまっている点を見るとまだまだチャレンジャー的ポジションなのだと感じられた。特に2011年にクラブが破産しかけたことを思えばその想いは強まる。
FSGからすれば、せっかく軌道に乗って来たところでのコロナパンチは相当痛かったのではないだろうか。30年ぶりのリーグ優勝はチームのパフォーマンスだけでなく収益にも大きな勢いをもたらすはずだった。
その苦しみのなかで20-21季は勇気を持って攻めの投資をしたにも関わらず結果が出なかったので慎重にならざるを得ない。ダイクの怪我があったとはいえ結果は結果としてフラットに捉えてるのだと思う。

もう一つフットボールクラブというか、上記リバプールの経営ならではの収益構造の難しさについて感じたことがある。

上述の通り、会計で重要な位置を締めるのが選手売却益。経費を差し引いた後に足される項目なので、会計上助け舟になる。
しかし、この選手を売却できるタイミングは夏と冬、年に2回しかチャンスがなく、圧倒的にシーズンが始まる前の夏の方が売りやすい。冬は当然ながらシーズン途中でチームの成績を無視して売却することになり中々ハードルが高い。つまり最大の収入源はシーズン開始の時点で決まってしまっているのだ。

失敗の後には希望が・・・?

さて、FSGとリバプールのこれまでの流れを大雑把に思い起こすと、着任当初はセイバーメトリクスに傾倒するコモリのデータ分析に頼り、クロスとヘディングにかけた。(キャロルやダウニングの獲得)しかし失敗。データ活用の方法を改めることでゲーゲンプレスを開花させ成果を出した。(フィルミーノやサラーの獲得) 
今は成功を維持するのに苦しんでいる状況にあると考えるが、このような流れから私は個人的にはFSGは失敗の後に成功を必ず掴む経営者たちと捉えている。今本当の勝者の壁に当たったチームが次に何を打ってくるか楽しみに思っている。
(スーパーリーグは確かに愚策だったが・・・)

結論

・FSGが来てから収入はものすごく伸びている。
・その莫大な収入は主に人件費に割かれている。
  →Wages to Turn Over:66%

・FFP以上の健全経営を目指している。
・利益は選手売却益に依存。故に売らない限り買えない。

近年の移籍金や年俸の急上昇は実体以上に膨らんでいてバブルのように弾けないといいなといううっすらとした懸念を感じていたが、スーパーリーグ構想でまさか自分ががわりを食うことになるとは…。予想外のダメージを受けた。リバプールが苦しい事もそのバブルが膨れ上がり過ぎていることが要因なのではないだろうか。
 さらにお金を稼ぐ仕組みを作るか、規模を縮小するかしなければこの状態は維持できないように思う。スーパーリーグ構想は言わずもがな前者を議論した結果なのだろう。
今後リバプール(FSG)が、そして欧州フットボール界がどういう方向に進んでいくのか、考える際の一端として今回会計資料の分析を行なった。

こういった話が少しでも移籍市場で踊る際に役に立てば幸いである。

@LFC

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1 個のコメント

  • ホームグロウン選手の問題もありますね。獲得の噂が挙がったのはほとんどがnonHG選手なので、既存のnonHGを放出しないとメンバー登録がままならなくなるって問題があります。

    nonHG選手
    GK アリソン、アドリアン、カリウス
    DF VvD、コナテ、マティプ、ロボ、ツィミカス
    MF チアゴ、ファビーニョ、ケイタ、シャキリ
    FW フィルミーノ、サラー、マネ、ジョタ、南野、オリギ

    メンバー登録できるnonHGは17名。上記だけで18名いるので新たにnonHG選手を獲得するためには、この中から2名以上売却(orローン)をする必要があります。資金以上に登録枠の問題は大きそうですね。

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