ファン・ダイク移籍劇から見る、移籍マネジメントの難しさ

 2017年12月28日。今や世界最高のセンターバックだとの呼び声高いフィルジル・ファン・ダイクのリバプール加入が発表された日だ。現在19-20シーズンの冬の移籍市場が閉まり、シーズンが終盤に差し掛かろうとしている状況で、リバプールファンが大熱狂したオランダ人DFのニュースから約2年の月日が経った。時の流れは恐ろしく早いものである。

画像出典:Virgil v Dijk ‬公式Twitter

 

先日、英メディア 『The Athletic』から「移籍取引が崩壊した時に実際に起こること」と題した記事がリリースされた。選手の希望した移籍が破談に終わり、その後どうなったのかという実例を、詳細に複数挙げた内容となっている。

 実例の中にはファン・ダイクも取り上げられていた。彼も移籍したシーズンの夏、1度リバプールとの交渉が破談に終わった選手である。当時はリバプールが交渉手口に問題があったとして選手本人の名前を挙げて公式に所属先であったサウサンプトンに謝罪をしたことで世間を賑わせた。

本記事では、2018-19シーズンのUEFA男子最優秀選手賞を受賞したCBがリバプールにやって来るまで、どのようなストーリーがあったのかを改めて振り返ると共に、『The Athletic』の記事を元に選手とクラブにとって、移籍そのものの難しさを考察していく。

 ファン・ダイクがリバプールに加入するまで

 「リバプール・フットボールクラブは、ここ最近のサウサンプトンとの両クラブ間における選手移籍の憶測報道について、遺憾の意を示します。フィルジル・ファン・ダイクに関してのすべての誤解について、サウサンプトンのオーナーや首脳陣、ファンに対して謝罪します。我々はサウサンプトンの立ち位置をリスペクトし、その選手に対する関心を持たないことを明確にします。」

リバプールFC 公式より

  2017年6月7日、リバプールはオフィシャルサイトを通じて、ファン・ダイクについて異例の全面謝罪をした。

 リバプールがアンフェアな方法でファン・ダイクに接触したと英国内で大きく報道されたことによるものだった。実際にそれはあったとリバプール番記者のメリッサ・レディが『The Athletic』にて主張している。

 同記事によると、経緯としてはファン・ダイクの獲得を熱望するクロップが当年初めにブラックプールのホテルで本人と1対1の会談を行なっていた模様で、選手がユルゲン・クロップの考える今後のリバプールのビジョンに惚れ込み、移籍を志願したのだ。許可の無い、秘密裏での会談により、サウサンプトン首脳陣の逆鱗に触れてしまったのである。

 しかし、リバプール側が謝罪を行ない、和解したことで彼のアンフィールドへの移籍の道が途絶えるまでには至らなかった。

サウサンプトンは、夏には選手を売却しないことを決断。選手本人のモチベーションが同クラブに戻る事を期待していた。ただ、ファン・ダイク本人のリバプールへの移籍希望は非常に強かったことで、代理人の話し合いの元、クラブは選手に残留するよう説得することができないことを受け入れるしかなかったのだ。

The Athletic : How Virgil van Dijk has ensured Liverpool transformed their ‘self-fulfilling prophecy’ in defense より引用

 その時点で、サウサンプトンはリバプールに当時のディフェンダー史上最高額であった7000万£という売却価格を設定することを決断した。半年を越した冬の移籍市場で、レッズは分割払いで巨額の移籍金を支払うという約束の元、最終的には7500万£でオランダ人DFの獲得の合意に達したのだった。

ファン・ダイクから見る移籍マネジメントの難しさ

 『The Athletic』によると、この移籍失敗劇はリバプールだけでは無く、ファン・ダイク本人も打撃を受けていたそうだ。

 彼のリバプールに加わりたいという思いはサウサンプトンのプレシーズンのキャンプと練習試合を欠場するほど非常に率直であった。そしてシーズン開始後、最初の7試合は欠場。チームには合流せず、1人でトレーニングをしていたのだ。要因として足首の怪我も抱えていたこともあったが、シーズン開始時に当時の監督であるマウリシオ・ペジェグリーノは、「彼はクラブを去りがっているから、プレーできない」と言及。チームキャプテンもスティーブン・デイビスに譲る事となった。

The Athletic : What really happens when transfer deals collapse より引用

結局夏での移籍は叶わず、サウサンプトンに残留することが決まった。そこから移籍が決まるまでの半年間は7500万£に値するパフォーマンスでは無かったと『The Athletic』は主張している。

Optaの統計によると、彼のセインツでの最後の半シーズンは、タッチの失敗率が約331分に1回とキャリア最低の数字を記録。(リバプールでは約1800分に1回を記録している。)また、90分あたりに成功したタックルの数は移籍前のシーズンが平均1.9だったのに対して、平均0.9にまで落ち込んでいたのだった。

The Athletic : What really happens when transfer deals collapse より引用

リバプールはクラブとして、ファン・ダイクについての謝罪をした当時、選手へのアプローチの仕方を考え直したという。

 実際、「その選手に対する関心を持たないことを明確にします。」とまで謝罪をした所で獲得ターゲットを変えることは可能だったはずだ。しかし、最終的には「その選手」を獲得したのだ。

 諦めきれない背景があった。

クラブのスポーツディレクターであるマイケル・エドワーズ及びスカウティングチームはこのオランダ人がクラブのスタイル完全に一致するという事を長年の分析から結論づけていた。そしてクロップ本人が彼ならチームのバックラインを確固たるものに築けあげられるという確信をしていたのだ。

The Athletic : How Virgil van Dijk has ensured Liverpool transformed their ‘self-fulfilling prophecy’ in defense より引用

 当時、元々チームとして守備に問題があり、センターバックは補強が急務とされていたポジションであった。しかし、ファン・ダイクの獲得に失敗した夏の市場で移籍市場で代役を見つけるのではなく、半年待ってまで獲得にこだわり続ける決断をしたことでファンから大きな非難を浴びていた。

 最終的には移籍が叶い、そのシーズンのチャンピオンズリーグでは決勝まで進出を果たす。レアル・マドリーに敗れはしたものの、翌シーズンにはリバプールは欧州王者となった。ファン・ダイクはそのチームの中心選手として君臨。18-19シーズンにはバロンドール筆頭だと騒がれるほどの大活躍だった。要はクラブと選手ともにハッピーエンドでストーリーを終えている訳である。

‪画像出典:Virgil v Dijk ‬公式Twitter

ただ、このストーリーから移籍に関するマネジメントの複雑さも改めて読み取れる。クラブだけでなく、当事者である選手にも影響するのだ。

 過去にリバプールで得点を量産していたストライカー、ルイス・スアレスが良い例だろう。12-13シーズンにウルグアイ人FWは当時チャンピオンズリーグに出場が出来ない現状に不満を持ち、同コンペティションに参戦出来るクラブへの移籍を志願した。しかし、リバプールはオファーの届いていたアーセナルへの移籍を許可せず、選手は激怒。以降、トレーニングでの彼のモチベーションは完全に失われ、当時監督であり、トレーニングからの追放を命じたロジャースとの関係に亀裂が入った。

 しかし、キャプテンであったスティーブン・ジェラードが「お前は本当にアーセナルに行きたいのか?今シーズン、リバプールに全力を尽くせばバルセロナやレアルマドリードに行けるはずだ。それがお前が本当に望んでいることだろう」と説得。スアレスは忠誠心を取り戻し、翌シーズンには並外れたレベルのパフォーマンスを続け、タイトルレースにまで導いた。そしてその後、円満な形でカタルーニャの地へと旅立ったのだった。

 出場機会やステップアップなど、選手が移籍したいと思い立つ理由は様々だ。クラブと選手、互いの信頼関係が鍵となるのであろう。リバプールに置き換えれば、指揮官であるクロップはそれらを非常に大切にする人間だ。代理人であるマルク・コジッケは彼の選手とのマネジメントについて「彼の最大の武器は人との向き合い方だ。ユルゲンが仲間に与える信頼と責任感は唯一無二」だと語る。

 リスペクトが一方通行することによって、問題が発生する可能性は大きくなる。例え出場機会が少なくとも、クラブとの関係が良好で、愛着のある選手は残留を希望することも実際にあるのだ。時にはクラブのニーズと選手のニーズが噛み合わない事もある。クラブはその度に選手と向き合わなければならない。ファンから見れば、移籍というものは噂や事実に一喜一憂する様なエンターテインメント性の強いものかもしれない。しかし、本質を見るとそれは非常に繊細なマネジメントコンテンツの1つなのだ。

(了)

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参考記事

What really happens when transfer deals collapse – The Athletic (Oliver Kay)

How Virgil van Dijk has ensured Liverpool transformed their ‘self-fulfilling prophecy’ in defense – The Athletic (Melissa Reddy)

The inside story on Virgil van Dijk’s move to Liverpool and why he ended up costing £25m more – Independent (Kevin Palmer)

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