我がチームの真のスカウサー

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平野 圭子
LIVERPOOL SUPPORTERS CLUB JAPAN (chairman) My first game at Anfield was November 1989 against Arsenal and have been following the Reds through thick and thin

3月25日、インターナショナル・ウィーク中に、トレント・アレクサンダー・アーノルドがこの夏にレアルマドリードに入ることが決まったという報道が流れた。いわく、トレントがレアルマドリードと5年契約で給料などの全条件に合意し、Liverpoolに対して今季末で去る決断を伝えた、ということだった。正式発表はまだだったが、実質的に決着がついたという確定情報で、イングランド代表チームの試合は比較的注目度合いが低かったことも手伝い、トレントの記事が全国メディアを埋め尽くした。

どのメディアも異口同音に、「誰もが知る秘密がやっと秘密でなくなった」と唱え、トレントを失うことによるLiverpoolの戦力面での打撃の分析や、トレントの決断そのものに対する是非論が大々的に交わされた。トレントの契約はサインオン(※選手個人が受け取る契約金)が£5mで週給£140,000と、大幅増収とは言えない条件で、トレントが地元でファンとして育ったLiverpoolを出てレアルマドリードに入る動機はお金ではなく純粋にフットボール面のチャレンジだという説が続いた。

その中で、Liverpoolのレジェンドでありトレントと同じく地元出身でワンクラブ・マンとしてキャリアを終えたジェイミー・キャラガーが、ガリー・ネビルとの対談で語った見解が注目を集めた。23歳の時点で既にプレミアリーグ、CLを始めあらゆる優勝杯を獲得したトレントが、ヨーロッパの巨大クラブで新たなチャレンジを目指したことは尊重すべきという前提で、キャラはスカウサーとしてトレントがLiverpoolでのチャレンジを選ばなかったことについて、「がっかりした」と唱えた。

「今の時代はクラブより選手の方が強い立場にある。ワールドクラスの選手が、契約更新を拒否してフリーエージェントとして出て行くことを、クラブは阻止できない。つまり、トレントが出て行くに際してLiverpoolがもっとやるべきことがあったとは思えない」と、キャラは主張した。「ただ、同じく地元出身でアカデミーチームで育ったスティーブ・マクマナマンがフリーエージェントとして、マイクル・オーウェンが安すぎる移籍金でレアルマドリードに行ってしまった事例と比べて、トレントが大きく異なるのは、Liverpoolが良い状況にあるということだ。スカウサーならば、宿敵マンチェスターユナイテッドの通算リーグ優勝回数を抜いて、更に引き離してイングランドのトップを奪還すること、CL優勝回数でACミランを抜いて首位のレアルマドリードにプレッシャーをかけること、Liverpoolファンとして、自分の力でそれを達成してクラブ史上に大きく名を刻みたいという野望を追求して欲しかった」。

これに対して、ネビルは横から口をはさんだ。「Liverpoolで名を上げたスカウサーという観点で言うと、君やスティーブン・ジェラードと比べてトレントはファンから熱烈に好かれているとは思えない」。キャラは強く反論した。「私は27歳になって、CL優勝して初めてファンに歌を作ってもらえた(『我々はキャラガーが11人いるチームを夢見ている:We all dream of a team of Carraghers』)。トレントは18歳から主力になり、21歳そこそこで『我がチームのスカウサー(The Scouser in our team)』の歌が定着していた」。ネビルは意地悪なジョークを言った。「Liverpoolファンに、キャラ、ジェラード、オーウェン、トレントの中で誰が一番好きですか?というアンケートを取ろうか?私の予測は、トレントとオーウェンが大差で下から2位を占めると思う」。

Liverpoolファンの間では、トレントの新たなチャレンジを尊重すると同時に、移籍金ゼロで出て行くことは育ててくれたクラブに対する背信だという見解が多かった。「アレクシス・マック・アリスターは、シーズン末にLiverpoolに行くと決めた時点で、ブライトンに移籍金が入るようにと違約金条項付きの契約にサインした。外国のクラブに対して恩返しをした。ところがスカウサーのトレントは…」。

もちろん、ファンの間で、トレントのレアルマドリード入りが決定したことについて驚いた人は皆無に等しかった。実際に、トレントが2021年7月に4年契約にサインした時に、Liverpoolは6年契約を提示したのに対してトレントが4年を望んだという真相は、トレントがその時点で既に4年後にはフリーエージェントとして出て行く計画を立てていたという説を裏付けているように見えた。加えて、レアルマドリード行きがほぼ固まったのはユルゲン・クロップが退陣表明を出した直後だったという説も飛び交っていた。

スポーティングディレクターが毎年のように交代し、クロップが去りコーチ陣がみんな出て行った、2024年の夏は不安定な時期だった。契約満了で去った選手として、チアゴとジョエル・マティプがあった。クロップの後任としてヘッドコーチ就任が決まっていたアルネ・スロットは、イングランドでは未知数だった。世間が、Liverpoolの2024-25季としてトップ4には到底及ばない低迷を予測したのも法外な話ではなかった。

「この夏、ワールドクラスの監督とワールドクラスの選手(チアゴ)がいなくなった。ただ、1年後の夏は3人のワールドクラスの選手(トレント、フィルジル・ファン・ダイク、モー・サラー)を一気に失うかもしれない」と、悲観的なファンが頭を抱えた。クラブの基本方針から30歳超のファン・ダイクとサラーの契約更新が長引くことは想定内だったが、トレントが契約更新にサインしていないのは、トレント本人が出て行く意思を掲げていると解釈せざるを得なかった。

「2025年の夏には、ワールドクラスの選手はアリソンだけになり、『我がチームのスカウサー』はカーティス・ジョーンズになってしまうかもしれない」と、別の悲観的なファンがジョークを言った。負傷とぶり返しと調整不足で失意のシーズンを終えたジョーンズは、その時にはLiverpoolの戦力として残れるかという疑問こそあれ、フル代表入りの可能性が話題になることはなかった。

そして、トレントが去ることが明確になった今、スロットは未知数でなくなり、ジョーンズはイングランド代表チームでもLiverpoolでも不可欠な戦力になった。

2月12日のグッディソンパークでのダービーで、98分に同点ゴールを食らって2-2と引き分けた試合の後で起こった事件は、感傷的な意味でファンのジョーンズ観を大きく変えることになった。エバトンのアブドゥライェ・ドゥクレがアウェイ・スタンドのLiverpoolファンに向かって挑発的なジェスチャーをしたのに対して、ジョーンズがドゥクレに食ってかかり、エバトンの選手数人が加勢に入った。両チームの選手たちが止めに入ってつかみ合いが終息した後で、ジョーンズとドゥクレがイエローを受け、二人とも試合中のイエローと加算して2枚目で退場、次の試合は出場停止となった。

「出場停止になってチームに迷惑をかけることは基本的に悪い。ただ、今回のジョーンズはファンをかばうためにやったことで、批判する気は全くない」と、ファンは頷き合った。「ジョーンズが3人のエバトンの選手に立ち向かって、ファン・ダイクとマック・アリスターがジョーンズをなだめていた時、トレントは黙って行ってしまった」と、アウェイ・スタンドにいたLiverpoolファンがポツリと言った。

「ジョーンズは我がチームの真のスカウサーだ」と、あるファンがつぶやいた。「ジョーンズの出場停止は痛いが、でもあの行動はひたすら嬉しかった。スカウサーで、ファンの気持ちを理解しているからやったことだ」。

*本記事はご本人のご承諾をいただきkeiko hiranoさんのブログ記事を転載しております。

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