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3. 考察:意思決定の落とし穴〜行動経済学の視点から考える〜
①主観的スカウティングの落とし穴〜主観を歪める「確証バイアス」
『かくて行動経済学は生まれり』では、NBAのヒューストン・ロケッツの試行錯誤を一例として紹介しています。ロケッツのGMを務めるダレル・モーリーは、「スカウトの主観」によって決められていた選手補強の判断をデータ分析による判断に置き換えることを試みています。
このスカウトの主観による選手能力の判断には、社会心理学でいう「確証バイアス」という判断の歪みが存在していると本ではまとめられています。
「確証バイアス」
認知心理学や社会心理学における用語で、仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと
wikipediaより引用
ダレル・モーリーはこの確証バイアスの厄介な点について以下のように本にてコメントしています。
「スカウトはある選手についての意見を固めると、それからその意見の根拠となる証拠を集めてしまう。「いまに始まったことではない」とモーリー。
「そして選手についてはいつものことだ。ある選手が気に入らなければ、ポジションがないと言う。もし気に入れば、どこのポジションでもできると言い、その身体能力を別の強い選手でたとえる。気に入らない選手は、低迷する選手で例える。」
『かくて行動経済学は生まれり』p38より引用
このように、スカウトが主観で一度その選手の印象を決めてしまうと、選手を似たような他のプレイヤーに例えたり、体格で能力がないと判断してしまうケースは従来のスカウト分析では多かったようです。
この実際の例として、ロケッツがマーク・ガソルという選手の獲得を検討したケースが述べられています。
この選手はオールスターに3回選ばれるほどのスター選手となるのですが、ロケッツのスタッフはガソルの上半身裸の写真を入手した際、彼がふっくらとした体格で、胸筋が揺れていることから『おっぱいマン』とニックネームを付けていたそうです。
モーリーは体格を懸念する声に押し切られて、ドラフトで思い切った行動が出来なかったとコメントしており、指名を見送ってしまったようです。これらの出来事を踏まえ、モーリーは選手評価にデータ分析による客観的な視点を導入しています。
その動きに関して、次の節で紹介しようと思います。
②データ分析の落とし穴〜「データに見えない要素の存在」
ダリル・モーリーは、データ分析をベースとした客観的な選手評価を試しています。その具体的な動きとして、モーリーは大学でのバスケットボールにおける試合のデータを集め、統計モデルを開発しドラフト指名に生かそうと試みています。
この統計モデルによる客観的な選手評価は一定の成果を挙げることが出来たようですが、一方で見落としてしまった選手も存在していたようです。
この見落としてしまった選手の例としてデアンドレ・ジョーダンという選手のケースが紹介されています。この選手は2017年にオールスターに選ばれたスタープレイヤーですが、モーリーが所属するヒューストン・ロケッツはこの選手のドラフト指名を見送っています。
デアンドレ・ジョーダンは、身体能力は評価されていましたが大学時代にそこまで良い成績を挙げることが出来ておらず、統計モデルによる評価で弾かれてしまっていたそうです。
しかし、ジョーダンが大学時代に成績を残せなかった理由として当時のコーチと合わずに大学をやめることを検討しており、実力を十分に発揮出来ていなかったという背景があったそうです。
このように、試合のデータによる分析の問題点として、「データには見えない要素」が存在しています。データ分析によって各選手の能力を客観的に判断できるようにはなりましたが、それを判断するための試合で成績を残せなかった理由が、「選手の実力不足」か「単にやる気の問題」なのかは表面的な成績では分からないという点です。
モーリーは試合における選手データだけではなく、選手の純粋な身体能力を計測することで統計モデルを調整する試みを行いましたが、今度はその身体能力が強豪チーム相手でも本当に通用しているのかデータだけでは分からないという問題に直面したそうです。
興味深いのがこの問題を解決するために必要な要素として「再び専門家の主観をデータに入れる」ということが以下のように紹介されています。
しかし選手の身体能力を測り、それがNBAのコート上で有利に働くかどうかを検証するといっても、客観的かつ測定可能な情報だけでわかることには限界がある。実際にそうした能力が、強豪相手のさまざまな試合でどう発揮されているかを判断できる専門家が必要なのだ
シュート、フィニッシュ、ゴール下への切り込み、オフェンシブ・リバウンドなど、コートにおいて最も重要なプレーをする能力を評価するために。そう、専門家が必要なのだ。
モデルの限界を補うためには、意思決定プロセスに再び人間の判断を入れなければならないーそれが助けになるかどうかは、また別の話だ。
『かくて行動経済学的は生まれり』p34より引用
この「かくて行動経済学は生まれり』で紹介された、ヒューストンロケッツの一連の動きは、FSGのチーム運営での動きと重なるものがあるのではないでしょうか。
特にリバプールでは、買収当初にダミアン・コモリのデータ分析による選手補強が失敗に終わっているように、データ上で良い選手をかき集めても機能しなかったという経験があります。
それを踏まえて、専門家の判断を再び入れるという体制は、現在のリバプールでは特に顕著に見られている動きなのではないかと思います。
クロップというゲーゲン・プレスの第一人者の意見をもとに、プランAの選手を確実に取りに行くという現在の補強方針の背景には、紹介したような主観的評価も、データ分析による評価も万能というわけではないという点を踏まえた「意思決定の見直し」という要素が関係しているのかもしれません。
4. まとめ 〜専門家に意思決定を委ねるということ〜
以上のように、2015年からのレッドソックスとリバプールの補強に関する動きを紹介してきましたが、冒頭のジョン・ヘンリーの「われわれはおそらく数字に頼りすぎたんだ…」というコメントは、データを捨てるということではなく、データをクロップやドンブロウスキーという意思決定者に情報を提供するためのツールとして用いるということなのではないかと思います。
ドンブロウスキーとクロップの共通点として、「経験に基づくスカウティング」と「データ分析」のいずれかを切り捨てることなく用いる事が出来、その二人の判断を周りのスタッフが全面的にバックアップするという補強体制となっている点が挙げられます。
今季のレッドソックスは例年にない好調なペースで、先ほど紹介したマルティネスも好調を維持しています。リバプールでも最近補強した選手のハズレが少ない点も併せ、FSGでの補強が上手くいきはじめているのは「専門家の判断に委ねる」という要素があるのだと思います。
今回紹介した『かくて行動経済学は生まれり』という本は『マネー・ボール』とあわせておすすめの本ですので、是非お読みになって頂ければと思います。
今回の記事でも引用と分かりにくい点が多くなってしまい、恐縮ですが最後までお読み頂きありがとうございます。<了>
参考ページ・書籍
マイケル・ルイス(2017)『かくて行動経済学は生まれり』文藝春秋社
ボストングローブ紙による、トニーラルーサとセイバーメトリクス、ドンブロウスキーに関する記事https://www.bostonglobe.com/sports/redsox/2018/02/14/red-sox-have-deep-resource-tap-tony-russa/W0Fi6xc1KtCprW9nQfJZeM/story.html
プロヴィデンスジャーナルによる、レッドソックスのデータベース移行の関する記事http://www.providencejournal.com/sports/20170322/how-red-sox-revived-their-analytics-department
https://techcrunch.comによるレッドソックスと意思決定の失敗
baseballprospectus.com による、レッドソックスの意思決定の変化
ボストングローブによる、レッドソックスのデータ革新の記事
リバプール公式サイトによるクロップによるサラー獲得に関するコメント
https://www.liverpoolfc.com/news/first-team/280593-jurgen-we-were-all-convinced-by-fantastic-mo
リバプールエコーによる、現在のリバプールの補強体制に関する記事
FSG の補強戦略はレッドソックスとリバプールとリンクしているという記事
thisisanfield.comによる、ファンダイクとロバートソン獲得に見る、二つのリバプールの移籍戦略
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