リバプールのオーナージョン・ヘンリーは何者?〜ジョン・ヘンリーをさらっと紹介〜

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ヘンリー

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ヘンリーです。FSGやオーナーであるジョン・ヘンリー関連の記事を書いていこうと思っています。基本まったりとやっていきます。

お久しぶりです。ヘンリーです。前回の記事から間が空いてしまい、申し訳ありません。前回はFSGの紹介を致しましたが、今回はFSGの創始者にして、筆頭株主のジョン・ヘンリーをさらっと紹介いたします。

今回の記事では、「ヘンリーが投資会社を設立するまで」と「レッドソックスでの運営」の二つを大まかに紹介いたします。読みづらい点があるかと思いますが、お読みいただけると嬉しいです。では、始めます。

1ジョン・ヘンリーの出自と投資会社設立まで

 

ジョン・ヘンリーは、アメリカ合衆国、イリノイ州クインシーとアーカンソー州フォレストシティで農場を営む、父親のもとで生まれました。彼は、もともと喘息を持っており、15歳の時にカリフォルニアへと家族共々移住したそうで、大学では哲学を学んでいたそうですが、音楽活動にハマったらしく、大学を中退しています。(少し意外ですね)

彼が投資の世界に入っていったのは、彼の父が1975年に亡くなったときで、その時にフォレストシティの家族農場の責任を引き継いだのがきっかけだそうです。

その際に、トウモロコシと大豆の先物取引を開始し、投機的な商品ビジネスに参入しています。これらの商品の在庫を保有した際に発生する価格リスクの管理を行うことで利益を出そうと考えていたようです。

大豆の価格が上昇しようとしていた時に、彼は少し大きな投資を行ない、ブッシェル(アメリカにおける穀物の量を測る単位だそうです。)あたり7ドルから13ドルまで価格が上昇したそうです。 彼は価格がさらに高騰すると思ったそうですが、不安を訴えていたガールフレンドと一緒にイリノイ州に戻る前に、彼は株式を売却しました。

その後、価格がブッシェルで4ドルに急落したため、その判断は正しかったことになりますが、判断を間違えれば一瞬で大損してしまう恐怖は、彼に直感に頼らないシステムを考案するよう促し、数年間、何世紀にもわたって貿易履歴を研究しました。

1980年の夏、彼の最初の妻、マイと一緒にノルウェーで休暇を取っていた間、市場の傾向を早期に見つけ出すのに役立つモデルを改良しました。【managed futures】「管理された未来」と呼ばれる彼のシステムは、トレンドを特定し、それに乗って意思決定プロセスから自我と感情を取り除くように設計されていました。 このシステムを導入した彼は、1981年にカリフォルニア州ニューポートビーチにある小さなオフィスから投資会社であるJohn W. Henry&Companyを始めました。

2スポーツ業界へ ボストン・レッドソックス買収

(右が現マーリンズオーナー。右の人物にヘンリーはマーリンズを売却しました。)

 

1999年、投資業界で成功を収めていたヘンリーは、アメリカメジャーリーグのフロリダ・マーリンズのオーナーとなります。(マーリンズは現在、マイアミ・マーリンズに名前を変えております。イチロー選手が所属しているチームですね)
しかし、2002年にはマーリンズを売却し、ボストン・レッドソックスを買収します。

ボストン・レッドソックスを運営していくにあたり、ヘンリーは、球団により多くの収入が入るよう、収入源の基盤整備を行います。
一つ目に、球団のホーム・グラウンドであるフェンウェイ・パークに関する見直しです。

 

レッドソックスのシンボルである、フェンウェイ・パークは、1912年に開場した、現在使用されているメジャーリーグのスタジアムの中で、最も古いスタジアムとなっています。その古さと狭さから、何回も新球場を建設する話があったそうですが、ヘンリーはそれを凍結し、スタジアムを残す決断をします。
そして、球場の周辺の土地を買収し、改築することで座席数を増やし、球団の収入の増加を図っています。

2つ目に、スタジアムでの看板収入を整理し、ケーブルネットワークを買収し、NESNを作ることで、広告面での収入を確かなものにしています。

レッドソックスでのチーム運営に対して、ヘンリーは、自分が成功した要因である数字を使った、運営を導入します。

2000年代始め、当時の大リーグでは選手の能力をスカウトによる主観的な判断ではなく、客観的なデータに基づいて統計学的に選手の能力を判断する、「セイバー・メトリクス」が注目され始めていました。(野球も好きな方のなかにはご存知の方も多いのでは。)

ヘンリーは当時、その「セイバー・メトリクス」による選手分析の第一人者であったビルジェームスをアドバイザーに据え、当時のGM(チームの戦力運営を行う役職)にもデータを使用することに躊躇がない人材を置くなど、 主観をできる限り切り捨て、データによる客観的な視点を重視する体制を整えていきました。
その結果、2004年にはチームを86年ぶりの、ワールドチャンピオンするなど、
一定の成果を出しています。

3まとめ

以上で今回の記事を終えますが、細かく記述しすぎるとあまりにも長くなってしまいますので、ヘンリーが投資業界へ足を踏み入れるまでとボストン・レッドソックスにおける運営方法の大まかな紹介という、2項目からヘンリーを紹介させていただきました。機会があれば、別の記事でもう少し細かくヘンリーを紹介できればと思っています。

今回、リバプールに関するサイトなのにリバプールが全く出てこない記事となってしまいました(笑)。ただ、紹介したように、「データに基づいた運営」「古いスタジアムを改修、増築しながら、保存する」という2つの方法はリバプールのチーム運営でも試されています。

実際、リバプールを買収した直後、戦力補強を担当する役職にデータを重視する、ダミアン・コモリを置き、(失敗してしまいましたが)前オーナーでの新スタジアム設立計画を見直し、アンフィールドを増築することで入場者収入の増加を図っています。

なので、次回以降、ヘンリーやFSGグループを深く調べていくことによってリバプールをどう運営していくのかを考えられればと思います。

かなりざっくりとした上に文字ばかりで見づらくなってしまいましたが、最後までお読み頂きありがとうございます。

参考
http://www.espn.com/mlb/story/_/id/7005442/mlb-how-john-henry-built-sports-empire-espn-magazine

https://www.awesomestories.com/asset/view/John-Henry-Red-Sox-Owner

ジョン・ヘンリーにまつわる10のこと
https://live4liverpool.com/2010/10/view-from-the-kop/ten-facts-about-john-w-henry-and-nesv/

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