アンディ・ロバートソンがリバプール・エコー紙にオープンレターで地元の人々にメッセージ

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平野 圭子
LIVERPOOL SUPPORTERS CLUB JAPAN (chairman) My first game at Anfield was November 1989 against Arsenal and have been following the Reds through thick and thin

エコー紙の読者の方々へ

正直、僕はこの手紙を書くことが自分にとって必要なことだと感じていました。だから、依頼を受けた際には、この市とコミュニティにお礼を告げるいいチャンスだと思って受けました。このコミュニティは、僕と僕の家族を初日から自分たちの一人として受け入れてくれました。

まず、本来はグラスゴー・ヘラルド紙(※ロバートソンの故郷の地元紙)のオープンレターにふさわしい内容かもしれないということから書きます。

僕は誇り高きグラスゴー人です。常にそうだったしこれからも同じです。僕は自分がグラスゴー出身だと人々に告げることを誇りに感じています。それは自分の重要なパートだと思っています。グラスゴーは僕が生まれた市であり、育った市です。つまり永遠に僕の血です。

でも、リバプールでの9年間の末に、僕の心の中には2つの市が同居していることに気づきました。

リバプール市は、僕にとってこれからもずっと、人生の重要なパートを占めるということです。

正直、僕と家族があれほどすんなり順応できたのは、リバプール市が自分たちのホームと共通点がたくさんあったからです。ユーモア精神、人々、メンタリティ。僕たちにとってすぐに馴染んでしまいました。時には、リバプール市とグラスゴー市の違いは地元の人々のアクセントだけだ、と思うくらいです。

両市は労働者階級の精神に満ちています。誇り高く、困難に挑む精神に満ちています。人々は自分の考えをはっきり表現します。つつみかくしたり、ということは決してしません。見た目がそのままその人の本性です。

何より、両市は誠実さを最も重要視しています。それは、リバプール市の真相です。人々は、どんな小さい嘘も必ず見破ります。僕はそれを常に素晴らしいことと敬意を抱いてきました。

僕にとって、この市との結びつきはフットボールクラブと常に同期を取っていて、常に一緒に成功を勝ち取ってきたと思っています。

僕と僕の奥さんにとって、マージサイドはフットボールを超えて大きなものです。

レイチェル(※奥さん)と僕は2017年にこの市に来ました。初めての子どもの出産を控えた若いカップルとして。レイチェルは僕と同じく誇り高きグラスゴー人です。僕たちは同じ学校出身です。それを言うと、彼女が僕と一緒の生活にいかに長く耐えてきているかわかると思います!

振り返ると、初めて親になろうとしている若いカップルが自分たちの出身地から遠く離れた土地に移住するということがどんなに大変なことか、わかります。

ところが、リバプール市は僕たち二人を直ちに受け入れてくれて、安心して生活できるような環境をくれました。リバプール市の産婦人科の人々にはものすごく助けられて、僕たちは何の心配もなく出産を迎えられました。本当に大きなことです。

この9年間で、僕の家族は2人から5人になりました。リバプール市はその小さなチームが形成された市となりました。

多くのチームメートが、特にジェームズ・ミルナーですが、僕のことをからかいます。スコットランド代表主将のくせに3人の子供はイングランド生まれだ、と。それに対して僕は即座に言い返します。子供たちはイングランド人ではない。3人は正統なスコッティッシュ・スカウサーだ、と。

正直、それは僕にとって本当に誇りです。

3人の子供たちはベストの象徴です。グラスゴー人でリバプール市のパスポートを持っている、という。

僕の広義の家族も同じ感情を抱いています。

僕の両親は、折に付けリバプール市を訪れます。リバプールの試合がない時にも、です。両親はこの町をすごく気に入っています。僕の兄弟とその家族も、時間があればすぐ、来ます。僕の親しい友人も。ほとんどが学校時代からの友人ですが、みんないろんな理由を付けてリバプール市に来ます。

みんな、昼間より夜の方を楽しんでいます。たぶん、夜を楽しみ過ぎて翌朝は二日酔いになっているからでしょうが。

僕にとって嬉しいことの一つは、僕の親しい人々がみなこの市を大好きになったことです。

フットボール界に生きていると、地元の人々との関係は非常に重要と感じます。それは、毎日がトレーニング、試合、そしてリカバリと集中することばかりなので、家族や親しい友人がこの土地に馴染んでいることは本当に安心します。

フットボール以外のことをここまでずっと長々と書きました。

リバプールFCを構成しているのはサポーターです。サポーターがクラブです。そして、僕がサポーターとの間で築いた緊密な関係は、僕がこれからずっと思い出すものです。

チームが成功を達成した、そのチームの一員として働いたということは本当に重要なことです。スペシャルな日、スペシャルな夜、優勝杯、お祝い、パレード。これらの記憶は僕の心に永遠に残ります。

そして、正直に言うと、困難な時も同じくらい大きな意味を持っています。成功に届かなかった時、共に苦しみました。この市全体が我々と同じように苦しんだと感じています。

それは、強い絆があるからです。我々は一緒に勝って、一緒に負けました。一緒に笑って一緒に祝って、泣いて、文句を言いました。それらの日々を、共に過ごしました。

サポーターとチームは常に同じものを目指して同じ方向に進んでいると、お互いのために戦っているのだ、と感じています。その一員として働けたことを永遠に感謝します。

そして、この市にいるのだから、青半分(※エバトン・ファン)についても言及する必要を感じています。

スコットランド代表チームの試合の時に、ヒル・ディッキンソン・スタジアムでブーイングを受けたことは僕にとって今年のハイライトです!

ジョークはさておき、この市内のライバル意識はスペシャルです。本当に真剣です。これまでエバトニアンの人々と会って交わした議論は本当に楽しかったと思っています。エバトニアンの人々のユーモアと、常にチクりとされたことは。

それがこの市のフットボールです。情熱、感情。けっして退屈は感じません。

さて、最後にお礼を言って締めくくろうと思います。

グラスゴー人の小さな若者をこんなに暖かく受け入れてくれて、この市の一員だと感じるまでにさせてくれたことはフットボールを超えるものでした。本当にありがとうございました。

僕はグラスゴー出身です、ということを誇りに思っていると冒頭に書きました。

そして、リバプールの人たちが、自分はリバプール出身だと言う様子を見て、それは僕と同じだと感じています。誇りが見て取れます。

この市での9年間の末に、僕は以前は想像すらできなかったことを感じています。

僕の心の中で、それは同じ感情だと思っています。

リバプール市へ。本当に光栄でした。

*本記事はご本人のご承諾をいただきkeiko hiranoさんのブログ記事を転載しております。

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