リバプールが生んだ史上最高のロックバンド・The Beatlesってなにが凄いの?

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コーク

コーク

ライター名は大好きなコカ・コーラから。戦術・選手分析といった普通の記事から一風変わったものまで書きます。

「The Beatles」 。その名を知らぬ者はいない、史上最高のロックバンドです。メンバーはジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人。このファビュラスな4人は全員、我らの愛するリバプールFCが本拠地を構える、イングランド北西部の港町リバプールでこの世に生を授かりました。

ひょっとしたら、リバプールFCのサポーターの方でも、ビートルズがリバプールで誕生したバンドということを知らない方もいらっしゃったかもしれません。しかし、サッカーファンでない方であれば「リバプール」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは「ビートルズ」だと思います。それくらい、リバプールとビートルズは切っても切れない関係ということです。

画像出典:liverpoolecho.co.uk

リバプールを知らない方にリバプールを説明するとき、「リバプールってイギリス(サッカーファンではないと、そもそもイングランドを知らないこともめずらしくない)にある港町なんだけど、そこにあるからリバプールFCって言って、ちなみにビートルズってメンバー全員リバプール出身なんだよ」といった風に、筆者はとりあえずビートルズを頼ります。

しかし、年上の方であればいざ知らず、トレント・アレクサンダー=アーノルドと同じ98年生まれの筆者の同世代からは「ビートルズの名前は知ってるけど、でも、ビートルズってなにが凄いの?」と、聞かれてしまうことが多いのも事実。

ちょっと残念な気持ちになりますがなんせ半世紀も前の人たちですからね、仕方のないことです。そのため、今回はビートルズの凄さを少しでも知って欲しいという気持ちから、彼らが成し遂げた功績をほんの一部、ご紹介します。「ビートルズってなにやったの?」というような事を聞かれたら、以下のことを言ってみてください。そして、最終的にリバプールFCもとにかく凄いんだぜ、という感じで丸めれば成功です!

Beatles

ということで早速本題に入りたいのですが、まずはじめにお断りしておきたいことがあります。それは、筆者に音楽的知識や楽器に関する知識・技術がほとんどないことです。本来、彼らについて本当に語るべきことは、音楽を進化させ一変させた、音楽の世界に現れた革新者としての姿なのですが、筆者にはそれがないばかりにビートルズの音楽的な凄さをご紹介することはできません。

音楽史に燦然と煌めく彼らの功績を正しくお伝え出来ないことは痛恨の極みなのですが、ここは筆者も勉強中なので、それはまた別な機会にお伝えできればと考えています。なので、今回ご紹介することはビートルズについての豆知識や雑学的なことになります。それでも良ければ、ぜひお楽しみください!

(記事中のビートルズの画像の出典は公式Twitterです。ぜひこちらも覗いて見てください。)

 

目次

  • スタジアムでのコンサートはビートルズが初!
  • CTスキャナーが製品化できたのはビートルズのお陰!?
  • プロモーション・ビデオの元祖もビートルズだった!
  • 武道館がロックの聖地なのはビートルズが演奏したから!
  • 「YEAH」を世界に広めたのはビートルズ!

 

スタジアムでのコンサート

1964年、この年にビートルズは1ヵ月に24都市を回るというFA(イングランド・サッカー協会)も顔負けの超過密日程で全米ツアーを行いました。これでは死んでしまうと翌年の1965年の全米ツアーは期間を2週間にし、開催する都市も10都市としました(超過密なことには変わりありませんが)。そのため開催数が減ったために、1回のコンサートでより多くの観客を呼び込む必要が出てきました。

ビートルズのコンサートチケットは即完売ですから、問題は会場のキャパシティです。そこで彼らのプロモーターが目を付けたのが野球場でした。今ではスポーツがメインの大型スタジアムでコンサートを行うのは普通のことですが、当時は画期的なことでした。そして史上初の野外スタジアムで行われた、伝説と謳われる1965年8月15日のシェイ・スタジアム(シェア・スタジアム)でのコンサート。この日の観客動員数は約56000人。無論、まだ誰も知らない数字でした。

Beatles

しかし、問題点も。半世紀以上も前の音響設備とスタジアムを埋め尽くす観客の大絶叫(その多くは女性の黄色い声)の中でビートルズの演奏が観客まで届くはずもなく、ドラムのリンゴ・スターでさえ彼らの前で歌っているメンバーの声やギターは聞こえなかったそう。そのため彼らは身体や口の動きを見て、演奏を合わせていたそうです。

このような状況にジョン・レノンは「ビートルズを聴きたければレコードを、見たければコンサートに来ればいい」とまで言い放ってしまうほど。とはいえ、彼らのスタジアムでのコンサートは興行的に見れば超大成功であり、以降、野球場のみならずサッカー場など、野外スタジアムでのコンサートは一般化していきました。

 

CTスキャナーの製品化

CT(コンピューター断層撮影)によって人体を撮影する、「CTスキャナー」。あまり想像がつかないという方でも、下の画像を見て頂ければどんなものかはわかると思います。

画像出典:Wikipedia

このCTスキャナーを発明したのは、ゴッドフリー・ハウンズフィールド(ノーベル医学・生理学賞受賞者)という医師です。そんな彼が勤めていたのは、「EMI」というイギリスのレコード会社の医療部門。彼の開発によって、以降このEMIがCTスキャナーを製品化・販売していきました。ではこのCTスキャナーとビートルズは、一体どのような関係があるのでしょうか?

EMIの主力はレコード部門。そして、ビートルズがレコードの契約を交わしていたのもこのEMIでした。さて、ビートルズの天文学的なレコードの売り上げは、60年代の衰退の一途を辿る、傾いていたイギリス経済を回復させてしまうほどでした。

イギリスのような超巨大国家の経済を支えるほどですから、EMIの収入は想像を絶する額でしょう。そしてその収入を、EMIは医療部門に研究資金として投資。その成果がCTスキャナーの製品化なのです。ゆえにCTスキャナーは「ビートルズによる最も偉大な遺産」と呼ばれています。

 

プロモーション・ビデオ

購入意欲を刺激するために、楽曲だけでなく、動画も撮影する「プロモーション・ビデオ(以下PV)」。これを初めてやったのも、ビートルズだったりするんです。

ビートルズ以前にも楽曲映像はありましたが、それらはテレビ出演やコンサートでの映像を抜き取ったものであり、「プロモーション」を目的とした純粋なPVを作ったのはビートルズが初めて。ジョージ・ハリスンも「PVは僕らの発明」と発言していますし、彼らよりも先に作ったとされるPVが出てこない限り、PVを初めて製作したのはビートルズということになります。

製作のきっかけは、求められるコンサートやテレビ出演を超過密日程のビートルズが出来なかったこと。そこでPVを作り、フィルムを渡せば代わりになると考えたんですね(実情はいちいちテレビに出るのが面倒だった、というものですが)。

今でこそ一般的なPVですが、やはりここにもビートルズの存在があったのです。

 

ロックの聖地・日本武道館

「ビートルズが日本にやってくる!」。1966年6月29日、ビートルズ初来日。日本伝統の法被を着てタラップから手を振るビートルズのメンバーの様子は、あまりに有名ですよね。社会や音楽の教科書にも載っているほどです。

ビートルズが来日した理由は、もちろん日本公演のためです。そんな日本公演をするにあたって、ビートルズのマネージャーであるブライアン・エプスタインは会場について以下の条件を要求しました。それは「①1万人以上のキャパシティ、②屋根付き」の2つです。

当時、この条件を満せる会場は2年前の1964年、東京五輪のために建設されたばかりの日本武道館しかありませんでした。しかし、神聖な武道や式典を行う、謂わば「日本の象徴であり聖地」とも言える日本武道館でロックのコンサートを行うなど以てのほかだ、と過激派の右翼団体などが猛烈に反対。

また、右翼だけでなく、「ビートルズのファンは下等である」、「ビートルズは若者を洗脳する悪魔」として、コンサートに行きたいと懇願する子供に対し、保護者や学校が行くのを禁止するということも多かったようです。最終的に、ビートルズは日本武道館でのコンサートを無事に行えたわけですが、ビートルズの来日はもはや国を二分する大事件でした。

このように、彼らの来日公演は非常に困難を極めたものでしたが、ビートルズの武道館ライブにより、日本武道館は「武道の聖地」だけでなく「ロックの聖地」にもなったんですね。要するに、日本武道館で演奏したバンドは「ビートルズと同じステージに立った」というトップステータスを得られるわけです。

現代史にその名を刻み、教科書に載るまでになったビートルズの来日公演に行くことを禁止した保護者や教育関係者は、その後のビートルズを見てなにを思ったのか気になるところです。行けなかった子供は、それはそれはもう悔やんでも悔やみきれなかったのでしょうけど…。

Beatles

 

いえーい!って

おそらく、ほとんどの人が一度は使ったことがあるであろう「yeah」或いは「yeh」。「yes」の砕けた言葉ですね。日本語表記にすると「いえい」や「いぇー」といった感じでしょうか。当たり前のように使っているこの言葉も、実はビートルズがきっかけなんです。

初期におけるビートルズの象徴的な曲の一つに、「She Loves You」というナンバーがあります。爆発的な人気を誇るこの曲は、約54年前の1963年の8月23日にリリースされました。この曲の最大の特徴の一つが、のべつ幕無し繰り返される「yeah」というフレーズです。

このフレーズは、当時のイギリスではアメリカかぶれの若者や下層階級が使う下品な言葉だとされていたので、 「yeah」を繰り返すこの歌は、生粋の英国人にとっては衝撃以外のなにものでもない曲だったのです。

事実、この曲を聴いたポールの父は、息子に「素晴らしい曲だが、“yeah”は下品だから“yes”に変えなさい」と催促したそう。しかし、ポールはどこ吹く風で、「父さんはわかってないね、“yeah” だからいいんじゃないか」と、変える気はさらさらありませんでした。

結果的に「イェー!イェー!」と叫びまくったビートルズの「She Loves You」 は、僕は君が好き、ではなく、あの子は君が好き、という、一人称で歌っているにも関わらず、自分は2人の間に置いた、間接話法を使った斬新な歌詞も相まって圧倒的なパワーを持ち、売れに売れて彼らの人気を不動のものとしました。

ビートルズの映画「ハード・デイズ・ナイト」の劇中コンサートでのラストを飾ったこともあり、ビートルズ=“yeah” というのが初期のビートルズに対するイメージとなり、果てには世界中の誰もが使う言葉となったのです。

https://www.youtube.com/watch?v=kpB1PSCN6IU

 

最後に

いかがだったでしょうか?日常のふとしたところにも、リバプールから誕生したビートルズの存在があったりするんです。今日でもビートルズの曲はテレビやお店など、日常的に聴く機会があります。大抵は有名な曲なので、知っていれば「ビートルズだ!」となり、嬉しい気持ちになります。

ビートルズの場合、好きという感情だけでなく、『リバプール』というエッセンスが含まれるわけです。つまり、何気ない日常のワンシーンでビートルズの曲を耳にすると、そこからリバプールを連想するわけですね。それは同時に、幸せの現れを意味します。

テレビやラジオ等で「リバプールで生まれた~」なんてフレーズを聞くたびになんだか誇らしくなる筆者。ビートルズを知らないという方も、ぜひリバプールが生み出した彼らの曲を聴いてみてはいかがでしょうか?必ずや、心に残る曲が見つかるはずです!

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