リバプールFCの歴代No.9まとめ

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26lover

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ロバートソンが好きな人です。SBが好きです。 ロボの影響でスコットランド代表も追ってます。

この記事では、リバプールの各背番号を背負ってきた選手を掘り下げ、簡単に解説、説明をまとめていく。

初回は背番号9。一般的に点取り屋、エースストライカーが背負うとされている番号だが、リバプールでは個性豊かな選手たちがこの番号を受け継いできた。今回はそんな背番号9の歴史を、この番号を脈々と引き継いできた選手たちに垣間見ていきたい。

目次

  1. ロベルト・フィルミーノ
  2. クリスティアン・ベンテケ
  3. リッキー・ランバート
  4. イアゴ・アスパス
  5. アンディ・キャロル
  6. フェルナンド・トーレス
  7. ロビー・ファウラー
  8. ジブリル・シセ
  9. エル=ハッジ・ディウフ
  10. ニコラ・アネルカ
  11. マイケル・トーマス
  12. イアン・ラッシュ

ロベルト・フィルミーノ

画像出典:LFC公式Twitter

  • 名前:Roberto Firmino
  • 生年月日:1991年10月2日
  • 国籍:ブラジル
  • 身長:181㎝
  • キャリア:フィゲイレンセ(BRA/08-09~), ホッフェンハイム(GER/10-11~), リバプール(ENG/15-16~)

16-17シーズンから今に至るまで背番号9を背負う。なおリバプール加入当初は背番号11を付けていた。ご存じの通り、現在背番号11はモハメド・サラーのものである。

ブラジルのマセイオで生まれた彼は幼少期、母親から外出を禁じられていた。彼の生まれた場所がスラム街だったからだ。母は息子が危険な目にあったり、環境の悪影響を受けたりしないように、大切に守りながら育てたという。その甲斐あってか、フィルミーノは思いやりを忘れない、優しく謙虚な性格に育った。今の彼が献身的なプレーで惜しみなくチームに貢献できるのは母の教育の賜物かもしれない。

フィルミーノは典型的な背番号9の役割であるゴールを量産するストライカーではなく、俗に言う偽9番と呼ばれるポジションをこなす。相手CBを引き付けてサディオ・マネやサラーを活かす献身的なプレーは印象的。ディフェンス面にもその献身性を遺憾なく発揮し、最前線ながらチームのプレッシングの核をなすといっても過言ではない。また、ブラジル人らしいテクニシャンの顔も持ち合わせている。意表を突くノールックパスや相手DFを剥がすダブルタッチといった個人技から、冷静な判断力で決定機を創出するなど、稀有なテクニックを類まれなインテリジェンスと持ち前の献身性によってチームへと還元する。得点力不足を指摘されることもある彼だが、スタッツ以上にチームにとって重要な存在であることに疑いの余地は無いだろう。

クリスティアン・ベンテケ

画像出典:LFC公式Twitter

  • 名前:Christian Benteke
  • 生年月日:1990年12月3日
  • 国籍:コンゴ民主共和国
  • 身長:190㎝
  • キャリア:ヘンク(BEL/07-08~), スタンダール・リエージュ(BEL/08-09~), コルトレイク(BEL/09-10 loan), メレヘン(BEL/10-11 loan), ヘンク(BEL/11-12~), アストン・ヴィラ(ENG/12-13~), リバプール(ENG/15-16~), クリスタル・パレス(ENG/16-17~)

15-16シーズンに1年間だけリバプールのユニフォームに袖を通し、背番号9を付けた。インテリジェンスやテクニックに秀でたタイプではないが、190cmのサイズと強靭なフィジカルでエアバトルには滅法強い。まずまずのスピードも持ち合わせており、ボックス外でもある程度の仕事をこなすことができる。

2012年にベルギー1部のヘンクからアストン・ヴィラに加入すると、89試合で42ゴール9アシストの活躍を見せる。2015年4月にはプレミア月間最優秀選手にも輝き、フィルミーノ、ナサニエル・クライン、ジェームズ・ミルナーらと同時期に鳴り物入りでリバプールに移籍した。移籍金は2021年11月現在リバプールのFW史上最も高い、4650万ユーロ。これはリバプールの歴代移籍金ランキングでも、フィルジル・ファン・ダイクやアリソン・ベッカー、ナビ・ケイタに次いで4位の価格であり、当時の期待の高さが伺える。しかし、そんな期待とは裏腹にリバプールでは思ったような結果が残せず、わずか1年でクリスタル・パレスへと去っていった。そんなイーグルスでは初年度こそ15ゴールを上げたものの、徐々に調子を落としていった。しかし、20-21シーズンは10得点を挙げるなど復調の兆しが見られるので、今後の奮起に期待したい。

キャリアを見ると分かるが、伊東純也が現在所属するヘンクや過去に川島永嗣が所属していたスタンダール・リエージュ、そして南野拓実が所属するリバプールと、日本人と縁のあるクラブに多く所属している選手でもある。

リッキー・ランバート

画像出典:LFC公式Twitter

  • 名前:Rickie Lambert
  • 生年月日;1982年2月16日
  • 国籍:イングランド
  • 身長:187㎝
  • キャリア:ブラックプール(ENG/99-00), マクルズフィールド(ENG/01-02~), ストックポート(ENG/02-03~), ロッチデール(ENG/05-06~), ブリストル・ローヴァーズ(ENG/06-07~), サウサンプトン(ENG/09-10~), リバプール(ENG/14-15~), WBA(ENG/15-16~), カーディフ(WAL/16-17)

14-15シーズンにリバプールに所属し、9番を背負った。生まれも育ちもリバプールという、生粋のスカウサーであり、ユース時代もリバプールで過ごした。

そんな彼のキャリアは序盤から苦難に見舞われた。16歳にブラックプールでデビュー。しかし2年で退団すると00-01シーズンはどのクラブにも所属することができず、ビートルート缶詰工場で労働者として働いていたという。彼は諦めることなくサッカーを続け、次の年には当時4部のマクルズフィールドと契約。その後、ブリストル・ローヴァーズで08-09シーズンに29ゴールを挙げ3部得点王に輝くと、サウサンプトンに移籍。

そしてここから彼の快進撃が始まる。09-10シーズンにはシーズン36得点、リーグ戦30得点を挙げる大車輪の活躍を見せ、二年連続の3部得点王に加え、ファン選定年間最優秀選手賞を獲得した。次の年もチームの大黒柱として活躍し、当時3部だったサウサンプトンのチャンピオンシップ昇格に貢献。さらに昇格したばかりの11-12シーズンにリーグ戦で27ゴールをマークし、プレミアリーグ昇格へと導く。工場労働者だった青年は15年の努力の末、ついに夢舞台に躍り出た。昇格してからの2シーズンも13ゴールずつと成果を残した。また、プレミア2年目の13-14シーズンにはイングランド代表にも選出され、3得点をマークしている。

2014年にはリバプールに移籍し、ユースに所属して以来となる故郷の愛するクラブへの帰還を果たした。当時の指揮官であるブレンダン・ロジャースには、ルイス・スアレスとダニエル・スターリッジのバックアッパーに回るだろうとはっきり告げられていたが、それでもなお長年の夢だったリバプールへの移籍を望んだという。リバプールでは残念ながら目立った成績を残すことは叶わなかったが、ジェイミー・ヴァーディやアンドリュー・ロバートソンのように、バックグラウンドを知ることでより応援したくなるような素晴らしい魅力を持った選手だ。

なお、2017年10月2日をもって現役を引退している。

イアゴ・アスパス

画像出典:LFC公式Twitter

  • 名前:Iago Aspas
  • 生年月日:1987年8月1日
  • 国籍:スペイン
  • 身長:176㎝
  • キャリア:セルタ(ESP/06-07~), リバプール(ENG/13-14~), セビージャ(ESP/14-15~ loan), セルタ(ESP/15-16~)

13-14シーズンに9番を背負った。残念ながら、リバプールでのキャリアは大腿筋の断裂による離脱なども響き、14試合出場0ゴールに終わった。2013年6月23日のCKを直接、当時チェルシーのウィリアンに渡してしまう珍プレーはリバプール・エコー紙が数年経ってもTwitterにポストするなど、ファンの記憶に残っているのではないだろうか。

古巣セルタに復帰した後は素晴らしい成績を収めており、17-18シーズンには22ゴールをマークするなど今もファンの目を楽しませている。セルタ所属で迎えた2017年のヨーロッパリーグ準決勝、マンチェスター・ユナイテッドと対戦する際にはKOPからTwitter上で多くの激励メッセージが贈られた。

高い得点力のみならず、チャンスメーカーとしての役割を果たすこともできるアスパス。34歳になったが、老いてますます盛んな彼は現在もセルタでエースとして活躍している。元リバプールの選手としてまだまだこれからの活躍にも期待したい。

アンディ・キャロル

左がキャロル。 画像出典:thisisanfield

  • 名前:Andy Carroll
  • 生年月日:1989年1月6日
  • 国籍:イングランド
  • 身長:193㎝
  • キャリア:ニューカッスル(ENG/06-07~), プレストン・ノースエンド(ENG/07-08~ loan), リバプール(ENG/10-11~), ウェストハム(ENG/12-13~ loan), ウェストハム(ENG/13-14~), ニューカッスル(ENG/19-20~), レディング(ENG/21-22~)

11-12シーズンから背番号9としてリバプールに所属。身長193㎝の体格を活かした典型的9番のセンターフォワード。強靭なフィジカルと圧倒的な空中戦の強さで「空の覇者」の愛称を持つ。スピードがある選手ではないため、ボックス内で勝負するタイプのストライカーである。

ニューカッスルのユース出身で、そのままニューカッスルでキャリアをスタートした。しばらくローンやリザーブチームでのプレーが続いたが、チャンピオンシップ降格によりチームの主力が流出した09-10シーズンにチャンスを掴み、シーズン17ゴールと躍進。チャンピオンシップ優勝の立役者となった。10-11シーズンにはニューカッスルのレジェンド、アラン・シアラーが付けた9番を背負い、前半戦だけで11得点を挙げた。

2011年1月31日にチェルシーに移籍したフェルナンド・トーレスの後釜として、リバプールに当時の英国人選手として最高額の3500万ポンドで移籍。なお移籍前から怪我をしていたため、デビューは3月となった。4月11日のマンチェスター・シティ戦で移籍後初ゴールを含む2得点の活躍で勝利に貢献。しかし、その後は目立った活躍ができず、44試合出場6ゴールの成績でリバプールを去ることになった。ローン先のウェストハムにそのまま移籍し、2019年には古巣ニューカッスルに移籍、現在はチャンピオンシップのレディングでプレーしている。

そんな彼だが、U-19イングランド代表の遠征で外出禁止令を破り自宅に強制送還される、練習中にチームメイトと殴り合いの喧嘩を起こすなど、ピッチ外では問題児として知られている。ナイトクラブで隣にいた男女が口論になり、男性が女性に水をかけると男性に制裁としてグラスを叩きつけた、という一風変わったエピソードも持つ。

現在32歳のキャロル。キャリア晩年に花を添えるべく、返り咲くことを期待したい。

フェルナンド・トーレス

画像出典:LFC公式Twitter

  • 名前:Fernando Torres
  • 生年月日:1984年3月20日
  • 国籍:スペイン
  • 身長:186㎝
  • キャリア:アトレティコ・マドリー(ESP/00-01~), リバプール(ENG/07-08~), チェルシー(ENG/10-11~), ACミラン(ITA/14-15~ loan), アトレティコ・マドリー(ESP/14-15~ loan),  アトレティコ・マドリー(ESP/16-17~), サガン鳥栖(JPN/18-19)

“El Niño”と称された彼もリバプールのユニフォームを身に着け、9番の歴史に名を刻んだ1人である。典型的な9番タイプのストライカーで、リバプール時代は142試合出場81ゴールという驚異的な成績を残した。

祖父の影響で幼い頃からアトレティコ・マドリーのファンだった彼はアトレティコの下部組織で育った。トーレスは幼少期GKとしてプレーしていたが、日本の超有名サッカー漫画である『キャプテン翼』を読み、大空翼に影響を受けてストライカーを志したそうだ。

2007年7月、トーレスは当時のリバプール史上最高額となる3800万ユーロの移籍金でアンフィールドにやってきた。彼はリバプールについて「アトレティコと同じ匂いがする」と語っており、移籍前からアトレティコと同じようにリバプールに愛着があったそうだ。8月11日のアストン・ヴィラ戦でデビューを飾ると、8月19日にチェルシー戦で初得点を記録する。2008年2月23日のミドルスブラ戦、3月5日ウェストハム戦でリバプールの選手として1946年11月のジャック・パルマー以来となる2試合連続のハットトリックを達成。また、95-96シーズンのロビー・ファウラー以来となるリーグ戦20得点を挙げ、07-08シーズンは通算33得点。これはマイケル・オーウェンが記録した1シーズンでの最多得点記録を凌ぐメモリアルな偉業だった。かくしてトーレスはリバプール初年度を記録尽くしの結果で締めくくった。

その後、08-09シーズンは怪我に苦しみながらも17得点、09-10シーズンは22得点とコンスタントにゴールをあげる活躍を披露。リバプール在籍中に2度のチーム内得点王に輝くなど、背番号9として期待に見事応えて見せた。

2011年1月、そんなトーレスとの別れが訪れる。1月27日にチェルシーが4000万ポンドでトーレスの入札を試み、彼自身もリバプールにトランスファー・リクエストを提出するも、クラブ側は拒否。しかし結局、1月31日に5000万ポンドの移籍金を置き土産にチェルシーへの移籍が発表された。そんなチェルシーでは、自身が望んだタイトルこそ手に入れたものの、個人成績という点ではリバプール時代ほどの結果を残すことは叶わなかった。

その後、ミランを経て、2014年12月29日に古巣アトレティコへの復帰が発表された。2018年5月19日、アトレティコでのラストゲームとなった最終節エイバル戦では2得点と有終の美を飾り、彼が生涯を捧げた愛するクラブのファンに別れを告げた。

2018年7月10日にサガン鳥栖へ移籍、一年間を日本で過ごした後、2019年6月21日に自身の公式Twitterにてシーズン限りの引退を発表。ヴィッセル神戸との引退試合では、スペイン代表でともに戦ったダビド・ビジャ、同じく同郷で古くからの友人であるアンドレス・イニエスタと共に最後のピッチに立ち、現役を引退した。引退セレモニーでリバプール時代のチームメイトであるスティーブン・ジェラードからビデオレターが贈られたことは、国内外の多くのリバプールファンにとって印象的だったのではないだろうか。

退団後は指導者のライセンスを取得するためにスペインに帰国。現在はアトレティコのU-19に相当するフベニールAの監督として指揮を執っている。指揮官としても現役時代のような、ひいてはそれを上回るような活躍を期待したい。

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