ピーター・ムーア「家族全員がレッズでね」/就任後のロングインタビュー

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※本記事はLFC公式Facebook(日本語版)より許可を頂いて引用しています。

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6月1日からリバプールの新CEOの仕事をスタートさせたピーター・ムーアにアンフィールドで話を聞きました。

リバプールFCへようこそ

 

「ここに居られて嬉しいね。」

リバプールのCEOというのはどんな気分ですか?

「名誉なことだし、特権と言っていいだろうね。リバプールで生まれ育った者として、自分がこのクラブをサポートするような立場になるなんて夢にも思わなかったよ。だが、ここに来るとなった際には、信じられないくらいエキサイティングな数年になるだろうと思った。自分の生い立ちだとか、クラブに対する愛情、ビジネスにおける私の経験を考えてみたんだ。そういったものを集約することでクラブを助けることができるだろう。本当に信じられないことだね。」

今回の機会を得たことで思ったことは何ですか?

「父のことが思い浮かんだよ。父が私にリバプールFCというものを吹き込んだんだ。父の手にひかれて初めてアンフィールドにやって来たのは1959年のことだ。4-3でリバプールが勝ったレイトン・オリエント戦だった。私は真っ赤に染まったよ。今でもその日のことを感じ、当時の匂いや体験を思い出すことができる。父にもう一度会えたらこう言ってくるだろうね。『一体全体どうなってるんだ?』それで私はこう答えるんだ。『親父、俺たちのクラブのCEOになってしまったよ。』それが最初に思い浮かんだことだ。」

「家族全員がレッズでね。ブルーが入り込む余地なんかまったくなかった。だから、皆大喜びだったんだ。まだ多くの親戚がここにはいる。成長した子供たちはアメリカに住んでいるが、自分の父親に起きたことをそれほどハッピーだとは思わなかったようだ。このことが私にとって何を意味するのかを正確に理解しているからね。誇りに思うという感じではなかったんじゃないかな。私はそう思うよ。やるべきことは山のようにあるが、今のところ皆さんは私の味方でいてくれるね!」

遠く離れた地でリバプールを応援する経験を教えてください。

「1981年に私はイギリスを離れたんだが、最初にアメリカに移住した頃は試合結果を把握するのは簡単じゃなかったし、試合を観るなんてありえないことだった。新聞にもフットボールの試合結果なんて載っていなかったよ。だから、日曜日には世界中のどこにいようと父に電話をしていろいろ聞いたものさ。試合結果だとか誰がゴールを決めたのか。それから他のチームの結果とかね。それが今ではフットボールはアメリカでも人気が高まっている。様々なプラットフォームであらゆる試合がライブで観ることができるんだ。とても幸運なことだよ。」

これまで歴任した職とは違いますか?

「そうだね。フットボール・ビジネスに対して私が持っている情熱だけではない感情的な繋がりがある。ここは我が心のクラブなんだ。以前に働いてきた素晴らしい企業でも私は情熱を持って仕事に臨んでいた。そこの製品だとかブランド、そこで働く人々への情熱があった。それはここでも同じだが、それに加えて心のクラブへの情熱が加わるんだ。ここは私が生まれた土地だ。とても特別だと言える。私がこれからやっていく仕事の重みは生半可なものではない。私と同じような人たち、世界中何億もの人々、敬虔なレッズたちの期待がかかってくるんだからね。とてつもなく大きなことだ。」

あなたのことをよく知らない人の為に、何故あなたがこの職に適した人物なのか教えてください。

「今話した情熱だけでなく、ビジネスにおける膨大な経験をクラブにもたらすことができるはずだ。私は80年代初めにアメリカに渡って、多くの人々が憶えているであろうブランドで11年間働いた。パトリックだ。ケビン・キーガンもミシェル・プラティニもパトリックを着ていた。私はカリフォルニア南部でセールスマンとしてキャリアをスタートし、そこから社長にまでなった。そこでリーボックの目に留まって、リーボックのスポーツ・マーケティング部門の責任者になった。実は1995年7月にアンフィールドにやって来て、当時CEOだったピーター・ロビンソンの隣に座って、彼らとリーボックの間の契約を交わしたんだ。その時の椅子に座れるようになるまでに22年かかったと思ったものさ。それがこのクラブと実際にビジネスの繋がりを持った最初だった。」

「リーボックを離れると、キャリアを180度変えてセガの社長になって、ドリームキャストのプロジェクトを立ち上げた。私のキャリアが発展していくにつれて、大きなビジネスに携わるようになっていき、ブランドを理解し、情熱を理解していった。リーボックだろうが、ビデオゲームだろうが、そこにはとてつもないボリュームの情熱があるんだ。シアトルではマイクロソフトのXbox事業に携わり、ここ10年ほどはEAスポーツの社長を務めた。最近ではエレクトロニック・アーツのCOOも務めた。だが、私は何者なんだという問いには、今回の就任が私にとって意味するもので答えたい。とても特別なことなんだ。」

永遠に進化し続け変化していくゲーム業界で長年働いてきた訳ですが、フットボールに類似点はありますか?

「直前まで所属していたエレクトロニック・アーツでは、3億人以上のプレーヤーとの交流を楽しんでいた。リバプールにも大きな類似点があると思っている。何百万もの人間が“自分はリバプールファンだ”と認識してくれている。54000人だけがここで経験できる興奮を提供する必要があるが、それをグローバル化していく必要もある。5200マイル離れたところに住んでいたファンとしては、様々なニュースを欲するものさ。誰がプレーするんだ?誰が怪我をしているんだ?ユルゲンはどんなフォーメーションで戦うんだ?今日のメルウッドでは何があったんだ?私はよくメルウッドの写真を見ている。誰かの姿が見えなければ何があった?ってことになる。私と同じように世界中のファンがそういうアプローチをするんだ。これはとても重要なことさ。」

あなたの役割や責任について教えてください。

「おおまかに言えば、ユルゲンと彼のコーチング・スタッフ、スカウティング・チームがあらゆる責任を負っている。成功だとかゴール、クリーンシートにエンターテイメントなフットボール、そういうものだ。ここに来たファンの皆さんにそれを提供し、同様に世界中のすべてのファンにも観ていただく。そうすることで期待感も高まっていく。私のチームと私の任務は、あらゆるリソース、サポート、必要とされる資金を提供することだ。最近のフットボールはビッグビジネスとなっている。このクラブは70年代や80年代にはワールドクラスのクラブとして認識されていたし、実際にそれに値していたし、私の見立てでは世界でも最高のクラブだったと思うんだ。我々は最高のフットボールについての話をしている。世界でも最大級のフットボール・ファミリーだ。私の仕事は、自分がファンとして望むようなことを確実に提供していくことだ。CEOとして、我々がここでやっていることを愛してくれる皆さんが期待するようなことを提供していくのさ。」

 

6月1日からリバプールの新CEOの仕事をスタートさせたピーター・ムーアにアンフィールドで話を聞きました。

リバプールFCへようこそ

「ここに居られて嬉しいね。」

リバプールのCEOというのはどんな気分ですか?

「名誉なことだし、特権…

Liverpool FCさんの投稿 2017年6月2日

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