Yumiko Tamaru
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3年ほど前から、アンフィールドとグディソン・パークでは、マッチデイにファンが缶詰やパスタなどの日持ちする食品をスタジアムに持ち寄る姿が見られるようになった。アンフィールドの北側にある駐車場には、キックオフ3時間前から「Fans Supporting Foodbanks 寄付はこちらへ!(Make your donations here!)」と書かれた紫色のバンが駐まっていて、試合を観に来たファンが食品の入った袋を3人のスタッフに手渡していく。
ファンから袋を受け取っている3人のスタッフの1人は、リバプールファンのイアン・バーン(@Ian4WestDerby)。スピリット・オブ・シャンクリー(@spiritofshankly)というリバプールのサポーターズ・ユニオンの幹部であり、エバートン地区の労働党の議員でもある。もう1人は、エバートンファンのデイブ・ケリー(@DavefcKelly)。エバートン・サポーターズ・トラストの幹部スタッフだ。3人目は、2人を手伝っているボランティアのスティーブン。
イアンとデイブは、2015年にFans Supporting Foodbanks(@SFoodbanks)というチャリティ団体を立ち上げ、「マッチデイにスタジアムを訪れるとき、日持ちする食品を持ってきてほしい」と、リバプールとエバートンの両クラブのファンに呼びかけ始めた。集まった食品は、ノース・リバプール・フードバンク(チャリティ団体トラッセル・トラストが運営するイギリス全土に1,200以上あるフードバンクの1つ)へと運ばれ、そこからリバプール北部の貧困家庭に届けられている。リバプールとエバートンというライバルクラブのファンである2人が手を組み、こうした活動を始めた理由を聞いてみた(取材をしたのは18/19シーズンのアンフィールドでのトッテナム・ホットスパー戦が行われた3月31日)。
Interview with
IAN BYRNE
イアン・バーン(スピリット・オブ・シャンクリー)
DAVE KELLY
デイブ・ケリー(エバートン・サポーターズ・トラスト)
インタビュー・文・写真 田丸由美子
–まずはおふたりがFans Supporting Foodbanks(FSF)の活動を始めた経緯を教えてください。
イアン:3年前に、私はデイブと共にノース・リバプール・フードバンクを視察に訪れたのですが、そのとき、貯蔵されている食品が足りず、供給が追いついていないという事実にショックを受けました。政府の緊縮財政政策のあおりを受けて、リバプールでもフードバンクに頼らないと食べていけない貧困層が急増していることを知ったのです。「我々に何かできないだろうか?」と話し合いました。そして思いついたのが、フットボールの試合を観にスタジアムを訪れるファンに食品を持ち寄ってもらうことでした。私はリバプールファンですが、デイブはエバートンファンです。SNSなどで両クラブのファンに呼びかけ、両クラブのスタジアムで食品を集める活動を始めました。
デイブ:面白いことに、リバプールとエバートンは、ウォルトン選挙区という同じ選挙区にあります。1つの選挙区の中にプレミアリーグのクラブが2つあるのはここだけなんですよ(笑)。私たちは、『Hunger Doesn’t Wear Club Colours』というモットーを掲げています。貧困に苦しんでいる人は、リバプールファンにもエバートンファンにもいます。赤や青といったクラブカラーは関係ありません。ライバルクラブ同士であっても、困っているときは助け合うのが当たり前です。これは、この2つのクラブがあるリバプールという街全体の問題なのですからね。
–おふたりが始めたこの活動を、あるときから両クラブがサポートしてくれるようになりましたよね。
イアン:私たちがこの活動を始めて半年ぐらい経ったとき、クラブから『キミたちはここで何をしているんだい?』と質問されました。クラブは最初、私たちがクラブに対する抗議活動か何かをしているのではないかと警戒していたようです(笑)。そこで、『地域の困っている人たちを助ける活動をしているんですよ』と説明しました。そうしたらクラブは理解を示してくれて、『そういうことなら協力しましょう』と言ってくれたのです。リバプールFCは、アンフィールド北側にあるこの駐車場にバンを駐めるためのスペースを無料で貸してくれました。両クラブとも良い反応を示してくれたことに、正直、驚きましたよ。これまで私もデイブも、クラブとは対立することのほうが多かったですからね。
–クラブと対立…ですか?
デイブ:そうですよ。私たちはファン・アクティビストです。イアンが所属するスピリット・オブ・シャンクリーや私が所属するエバートン・サポーターズ・トラストは、私たちサポーターが不利益を被らないように、日々クラブに対して様々な問題の改善を求め、クラブにサポーターの意見を伝える活動をしています。例えば、チケットの値段が高すぎるといった問題などです。ですから、クラブは最初、私たちのことを少し警戒していたのです。
イアン:両クラブが公式サイトやSNSでこの活動のことを紹介してくれたおかげで、Fans Supporting Foodbanksの活動は多くの人に知られるようになりました。リバプールのCEOのピーター・ムーアやクラブのレジェンドたちも試合前にここに立ち寄って食品を届けてくれるようになり、それがまたクラブのSNSなどで紹介されて、あっという間に世界中の人が知るところとなったのです。ですが、クラブは私たちの活動を宣伝してくれるパートナーにすぎません。雨の日も寒い日も、キックオフ3時間前からここにこうして立ち、食品を回収しているのは私たちファンです。この活動は、リバプールFCやエバートンFCが行っている活動というわけではなく、両クラブのファンが行っている活動なのです。クラブは私たちをサポートしてくれるパートナーにすぎません。とはいえ、両クラブが宣伝してくれるようになったおかげで、地元のファンだけでなく、世界中のファンが食品を持ってきてくれるようになりました。今ではノース・リバプール・フードバンクに集まる食品の25%が、マッチデイにアンフィールドとグディソン・パークで集めた食品です。フットボールファンが地域にこれほど大きな貢献ができるというのは、素晴らしいことですよ。
–おふたりが始めたこの活動は、今やイギリス中のフットボールクラブに広がっていますよね。
デイブ:そうなんです。私たちの活動のことを聞きつけた他のクラブのサポーターたちから、『私たちもやりたいから、詳しい話を聞かせてほしい』と連絡をもらうようになりました。そこで、昨年10月にリバプールで、『National Fans Supporting Foodbanks』という会議を開きました。32のクラブのファンが参加してくれて、多くのクラブのファンがすぐに活動を始めました。私たちと同じように、毎試合食品を集めているファンもいますし、月に一度とか、3ヶ月に一度といったペースで活動しているファンもいます。
イアン:他のクラブのファンにもすぐに広がりましたね。今ではニューカッスル、マンチェスター・ユナイテッド、ドンカスター、リーズといったクラブのファンが、マッチデイに食品を集め、それぞれの街のフードバンクを支援する活動をしていますよ。
–先日、フラムも始めたという記事を読みました。
イアン:そう、フラムもだね!
デイブ:ウェストハムも始めますよ。エバートンは来週、ウェストハムとアウェイで対戦するのですが、その日にウェストハムも始めることになっています。
イアン:さらに、今ではアウェイで試合がある日には、アウェイのスタジアムに食品を持って行き、その街のフードバンクに寄付するということもしています。先日のアウェイでのマンチェスター・ユナイテッド戦の日には、私たちリバプールファンはオールド・トラッフォードに食品を持って行きました。そして、マンチェスター・ユナイテッドのファンの手によって、マンチェスターのフードバンクに寄付されたのです。
デイブ:私たちも来週、ウェストハムのフードバンクのために食品を持って行く予定ですよ!
イアン:私たちがリバプールで始めた活動がこのように他のクラブのファンにも広がり、大きな成果をあげているのはとても嬉しいことです。サポートしているクラブがどこであろうと、フットボールファンというは、このように共通の目的の下に連帯することができるのです。
デイブ:フットボールファンがライバル関係を超えて一体となり、社会に大きく貢献する活動を継続的にするというのは、おそらくイングランドでは初めてのことだと思いますよ。
イアン:さらに、私たちはこのような連帯意識を、フットボールファンだけでなく、学校や教会やモスクといったコミュニティにも広げていきたいと思っています。とりわけ、イスラム教徒の文化への理解がもっと広がるような活動に力を入れています。サポートするクラブや、人種や、信仰や、ジェンダーが違っても、私たちは助け合うことができるはずです。異なる背景を持つ人々が、連帯していくことが重要なのです。とくに今は、人々を分断しようとする勢力が力を強めている危険な時代ですからね。
イアンの言葉通り、Fans Supporting Foodbanksは、ラマダン中の5月18 日の午後8時から、イスラム教徒のリバプール市民たちと共に食事を楽しむ無料イベントを開催し、イスラム教徒でないリバプール市民も大勢参加した。
リバプールFCは2017年1月に「レッド・ネイバーズ」(@Red_Neighbours)という地域支援プログラムを立ち上げ、地域の高齢者が互いに交流できる場や子供たちが選手と触れ合える機会を提供したり、激しい運動ができない人のために座ったままできるヨガ教室やウォーキング・フットボールの機会を提供しているほか、近隣住民をアンフィールドでの朝食会に招待したり、ノース・リバプール・フードバンクを支援する活動も始めた。
昨年11月には、クラブはアンディ・ロバートソンがノース・リバプール・フードバンクでボランティアをする様子を撮影し、LFCTVとクラブ公式YouTubeで公開した。
その中でロバートソンは、両親が定期的にフードバンクに寄付するのを見て育ったため、自分もグラスゴーにいた頃からよくフードバンクに寄付をしていたこと、ハル・シティ時代、自分の21歳の誕生パーティーに招いた友人たちに「普通のプレゼントは要らないからフードバンクに寄付できるものを持ってきてほしい」とリクエストしたことなどを語っている。
今年の4月11日にクラブが日本ハムとのパートナーシップ契約を発表したときには、日本ハムが食品メーカーとしてクラブのフードバンク支援の活動をサポートしていきたいと名言し、フードバンク支援に力を入れたいリバプールFCが熱望して実現したパートナーシップ契約だったことが明らかになった。
クラブが「レッド・ネイバーズ」プログラムの一環としてフードバンク支援を始めたのは、Fans Supporting Foodbanksの活動をしているイアンやデイブに感化されたからにほかならない。彼らの活動はリバプールFCのようなビッグクラブをインスパイアし、動かしたのだ。
8月にはアンフィールド近くのシビル・ロードにトレント・アレクサンダー=アーノルドの壁画が現れ、大きな話題になったが、この壁画には「FOR FANS SUPPORTING FOODBANKS」という文字があり、壁画を描いたアーティストのアクセP19はこの壁画に「Fans Supporting Foodbanksの活動をしている人たちへの感謝の気持ちを込めた」と述べている。
This mural is dedicated to @SFoodbanks , a local initiative founded by Spirit of Shankly and Everton Supporters Trust to combat food poverty in North Liverpool, big up to @theanfieldwrap and @trentaa98 for supporting this amazing charity #hungerdoesntwearclubcolours #unity pic.twitter.com/ljo88JtQOj
— Akse P19 (@Akse_P19) August 9, 2019
また、トレント・アレクサンダー=アーノルド自身も、「大事なのは、ぼくが描かれていることだけでなく、Fans Supporting Foodbanksの活動をしている人たちへのメッセージが書かれていることだ。彼らの活動のことをより多くの人に知ってもらって、貧困に苦しむこの街の人々の役に立てるといいね」と述べている。
“I thought it was a wind up at first.
“To be part of something like this is incredible.” 👏
🗣 @trentaa98‘s reaction to The Anfield Wrap’s mural…
🎨 @Akse_P19 pic.twitter.com/HrAlbSjzGI
— The Anfield Wrap (@TheAnfieldWrap) August 8, 2019
アンフィールドにおけるFans Supporting Foodbanksの食品回収場所(collection points)は、アンフィールド北側の駐車場に駐まっているバンだけでなく、アンフィールド南側のオークフィールド・ロードにあるHomebakedというベイカリーの店内や、クラブストアの中にもある。アンフィールドで試合を観戦する際には、事前にスーパーなどで缶詰やパスタを買って、Fans Supporting Foodbanksの食品回収場所に持っていこう。アンフィールドに行く機会がなければ、地元のミュージシャンが録音したフィルミーノのチャントのサンババージョンをiTunesで購入すれば、売り上げがFans Supporting Foodbanksに寄付される。Fans Supporting Foodbanksの活動のことをSNSで拡散するだけでも十分な貢献になるだろう。
リバプールに住む2人のフットボールファンが始めた活動は、他のクラブのファンにも広がり、クラブをも動かした。フットボールファンがライバル関係を超えて連帯すれば、このように社会に大きく貢献することができるのだ。彼らの活動が世界中のフットボールファンに広がるよう、私たち日本のフットボールファンにもできることがあれば、協力していきたい。
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