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9月20日のマージーサイドダービーは、昨季までしばし残留争いに参加していたエバトンが7位と好調だったことで、エバトンがファンがいるアンフィールド(ロックダウン中の2021年2月を除く)での1999年以来の勝利なるか?という事前予測が飛び交った。ふたを開けると、Liverpoolは試合終幕の決勝ゴールこそは不要だったが、最後の最後まで気を抜かずにリードを守り切って2-1と勝ち、5戦5勝とプレミアリーグ首位を固め、エバトンの惨めな戦績を持続させた。
この試合で世間の絶賛を受けたのは、先制ゴールを決めた後で2点目のアシストを記録し、マン・オブ・ザ・マッチに輝いたライアン・グラフェンベルフだった。マージーサイドダービー史上では、1試合の中でゴールとアシストを決めた最年少記録(23歳)を塗り替えた。グラフェンベルフは、昨季開幕と同時にディフェンシブ・ミッドフィールダーに転向して大成功を収めて以来、今季も調子を上げ続けており、中立のアナリストからも、「今季これまでのプレイヤー・オブ・ザ・シーズン」と高い評価を受けていた。
元Liverpoolのアナリストは、マイクル・オーウェンが「今のグラフェンベルフの評価額は£100mを超えるだろう」と唱え、ピーター・クラウチは「グラフェンベルフは現時点での世界のベストディフェンシブ・ミッドフィールダー」と、テンションが高かった。クラブと代表チームでの主将であり自らワールドクラスという評価を確定しているフィルジル・ファン・ダイクは、「グラフェンベルフは昨年からずっと、キャリアの絶頂という調子を続けている」と断言した。
昨季はディフェンシブ・ミッドフィールド1年目でその役割をしっかり果たしたグラフェンベルフは、シーズンを通してゴール無しだったが、今季は既に2ゴールを記録していた。「監督のお陰だ。今季は少しフリーロールを与えられるようになったので」と、グラフェンベルフはマン・オブ・ザ・マッチ表彰インタビューで語った。
ダービーでゴールを決めた選手は即座にファンの人気急上昇となるが、元々かなり高い支持を受けていたグラフェンベルフに関しては、Liverpoolファンの間でジョーク混じりのひいき発言が飛び交った。「今日のグラフェンベルフのフィニッシュは、ロビン・ファン・ペルシみたいな、と言っても過言ではない」と誰かが言い、別のファンは、「いや、デニス・ベルカンプの方が近い」などと、オランダ史上に残る名ストライカーの名前が羅列された。
「2023年に£34.2mの移籍金でバイエルンミュンヘンから来た時は、アヤックス時代の活躍ができずに不要戦力として格安の価格で投げ売りされたような言われ方だったグラフェンベルフは、ユルゲン・クロップが1年がかりで自信を取り戻させてプレミアリーグに順応させて、アルネ・スロットが開花させたLiverpoolの賜物」と、ファンは真顔でうなずき合った。
実際に、昨季Liverpoolがプレミアリーグ優勝を確定させた後の5月9日に、バイエルンのチェアマンがグラフェンベルフ放出を後悔していると告白して話題になった。「トーマス・トゥヘルはグラフェンベルフをNo.8かNo.10で使うことに固執したため、本来の能力を発揮させることが出来ずに断念し、£43.2mの大金を費やしてジョアン・パリーニャを獲得した。今、Liverpoolでの大成功を見て、我がクラブはグラフェンベルフのディフェンシブ・ミッドフィールダーとしての才能を発見できずに放出してしまったと悔やんでいる」と、チェアマンは嘆いた。
故郷のクラブであるアヤックスで有望若手として名を上げたグラフェンベルフは、アヤックスで主力の一人としてリーグ優勝3回を達成した後で、2022年にバイエルンに入ったが、期待通りの活躍ができずに1シーズンで出ることになった。
「バイエルンでリーグ優勝した時は嬉しかったが、ただ、自分はチームの優勝に殆ど貢献できなかったという気持ちが拭えなかった」と、バイエルンのチェアマンの後悔発言が出た後で、グラフェンベルフは振り返った。「今は違う。Liverpoolでのプレミアリーグ優勝を誇りに感じている」。2024-25季はゴール無しに終わったことで、「唯一の反省点」と笑ったグラフェンベルフは、自分の個人記録よりも何よりも、Liverpoolでみんなと力を合わせてプレミアリーグ優勝を勝ち取った達成感は大きかったという。
同じころに、グラフェンベルフのお父さんは、「フットボールの世界は厳しい」と、息子がバイエルン時代に21歳の若さで世間からつるし上げを食らった辛い過去を明かした。「一生懸命頑張ったが、バイエルンではうまく行かなかった。その頃には、2年後にLiverpoolに入って監督から見染められて大成功を収める戦力に育つなどとは夢にも思わなかった」。
「地獄から天国へ昇ったような気持ちだ」と、お父さんは笑顔で締めくくった。
*本記事はご本人のご承諾をいただきkeiko hiranoさんのブログ記事を転載しております。

















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