心臓に短剣

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平野 圭子
LIVERPOOL SUPPORTERS CLUB JAPAN (chairman) My first game at Anfield was November 1989 against Arsenal and have been following the Reds through thick and thin

10月9日、ユルゲン・クロップがレッドブル社のコンサルタント役として2025年1月から就任すると発表され、イングランドやドイツのヘッドラインを独占した。オーストリアのエナジードリンク・メイカーであるレッドブル社は、オーストリアのザルツブルク、ドイツのライプツィヒ、アメリカ合衆国のニューヨーク、ブラジルのブラガンチーノを始めとして、世界中にフットボールクラブを持つオーナーで、最近イングランド2部のリーズ・ユナイテッドのマイナー株主にもなった。クロップの役割は、それらレッドブル社が率いる世界中のクラブの各スポーティング・ディレクターに対するサポート、特にスカウトやコーチの育成などを担当することになるという。

「数か月前には、監督としてタッチラインに立つ仕事からはしばらく離れたいと思っていた。今もそれは変わらないが、フットボールに対する情熱も変わらない。タッチラインに立つことなくフットボールに関わることができるという職務は、私にとって最適だと思っている」と、クロップは抱負を語った。

ニュースが流れた瞬間に、Liverpoolファンの間で驚きと戸惑いが飛び交った。というのは、ファンの間では、クロップは公言したように1年間の休養を取った後でドイツ代表監督になるだろうというのがほぼ一致した予測だった。もちろん、9年前の2015年10月8日にLiverpool監督に就任した時も、1年の休暇が5カ月に短縮された事実を考えると、今回も7-8ヶ月で復職するという決断を下したのは想定の範囲内だった。ドイツ代表監督ではないという点も、Liverpoolファンにとっては、「がっかりする筋合いではない他人事」と、納得せざるを得なかった。

いっぽう、ドイツでは強烈な批判が巻き起こった。クロップの新職について中立の立場で報道したリバプール・エコー紙やBBCなどイングランドのメディアに対して、「心臓に短剣を突き刺されたような気持ちだ」と、ドイツのジャーナリストやアナリストが強い口調で訴えた。

「英国ではあまり話題になっていないと思うが、ドイツではレッドブルと言えばフットボールの理念を破壊する存在として、最も嫌われているグループだ」と、ビルド紙のジャーナリストが語った。ドイツのRBライプツィヒは、レッドブル社が2009年に6部にいたクラブ(SSVマルクアンシュテット)を買い取ってRBライプツィヒと改名し、ドイツで聖則とされている50+1の抜け穴をついて一気にブンデスリーガに到達したクラブだった。

50+1とは、ファンで構成されるメンバーが半数以上を占めることを義務付ける規則で、チケット価格の値上げなど重要な議題はメンバーの賛成票が必須であるなど、ドイツ・フットボール界で最も重要な規則とされていた。ところがライプツィヒは、メンバーは僅か17人で、しかもレッドブル社関連の人員だけで構成されていた。そして、クラブの名前に企業名を入れることはドイツでは禁止されているため、RBライプツィヒの「RB」はレッドブルではなく、「RasenBallsport(※芝のボールスポーツという意味の言葉)」とした。

短期間で、しかも規則の網を縫って名を上げたクラブとして、ライプツィヒはドイツで成り上がりもの扱いされていた。特に、歴史と伝統を大切にするドルトムントのファンは、ライプツィヒを最も嫌いなクラブに上げる人が圧倒的多数だった。

クロップも、ドルトムント・ファンの基本線に賛意を表明していた。実際に、2017年にライプツィヒ(レッドブル)について意見を問われて、「私はフットボール・ロマンティックで、フットボールの伝統を大切にする人間だ。ドイツで試合前にYou’ll Never Walk Aloneを歌うクラブは2つしかない。マインツとドルトムントだ」と、クロップが明言したことは有名な話だった。

クロップがドルトムントを出てLiverpoolの監督に就任が決まった時、ドイツでは肯定的な反応が圧倒的だった。ドルトムント・ファンは、自分たちの大切な監督が他のクラブに行ってしまったという感傷はあったが、歴史と伝統を持つプレミアリーグの名門クラブであり、You’ll Never Walk Aloneを歌う熱心なファンで有名なLiverpoolで、クロップが成功を収める様子を誇りと笑顔で見守った。

「クロップは、これまで25年間かかって築き上げたレガシーを自ら打ち砕いた」と、ビルド紙のジャーナリストは締めくくった。

ドルトムント・ファンの辛辣な声も取り上げられた。「偽善者」と、一言掲げたファンがいた。別のファンが続けた。「今回のクロップの動きで、良いことが一つだけある。これまでずっと引きずったクロップに対するノスタルジックな感傷がきっぱりと断ち切れた」。

Liverpoolファンは、ドイツから届く反応と、その背景を知って神妙になった。「クロップのことだから、おそらくレッドブル社のフットボール界での方針についてじっくり調査して、ドイツ国内で報道されている情報とは異なる面も見た上で、納得して決断したのだろう、と思いたい」と、あるファンが言った。

「クロップはレジェンドとしてクラブ史に刻まれた人で、歴史になった。Liverpoolは新しい時代を歩み始めたし、クロップはクロップが選んだ道を進むのだから、我々としては成功を祈ろう」。

*本記事はご本人のご承諾をいただきkeiko hiranoさんのブログ記事を転載しております。

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