キリアン・エムバペがPSG入りする前にリバプールに入る一歩手前だったと明かす

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平野 圭子
LIVERPOOL SUPPORTERS CLUB JAPAN (chairman) My first game at Anfield was November 1989 against Arsenal and have been following the Reds through thick and thin

以下は、本日(9/23)のリバプール・エコー紙の記事です。

■キリアン・エムバペがPSG入りする前にリバプールに入る一歩手前だったと明かす

キリアン・エムバペは、2017年にモナコからPSG入りした時に、リバプールに入る一歩手前だったと明かしました。

この件は、7月にユルゲン・クロップが「最もお金がかかった失敗移籍」という表現で明かしたものです。それを、今回はエムバペが裏付けたということです。これはアスレチック紙のインタビューでのことです。

「その通りだ。僕はリバプールに入る一歩手前だった」と、エムバペは語りました。

「僕のお母さん(※エムバペのエージェント兼任)はユルゲン・クロップの大ファンなので!」

「お母さんにとっては、僕の入るべきクラブはリバプールだと決めていた!」

「でも、僕は抵抗した。僕は自分の故郷であるパリに留まりたかったので。あの時は、一人前にまるまではフランスに留まるべきだと思っていたので」

「でも、リバプールの話は本当だ。お母さんはずっと『リバプール』と言い続けていた。リバプールに入りなさい、アンフィールドでプレイするのは驚異的なことだ、と」

「僕はOKと言った」

「そこでお母さんはリバプールに交渉に出かけた。リバプール市に行って、スタジアムに行って、リバプールの人と会った」

「お母さんは、めちゃくちゃ感激していた。素晴らしいクラブだ、誰もがみな親切だった、クラブはファミリー・クラブだ。ビッグクラブなのに、などなど言い続けた!」

「お母さんはアンフィールドに行って、すっかりほれ込んでしまった!お母さんは一人で試合を見たが、スタンドのファンの大声援に感激して、自分の息子がこのスタジアムでプレイするところを想像したということだ」

エムバペはエージェントでもあるお母さんのことをアドバイザーとして尊重しています。何かあるとすぐにお母さんのアドバイスを求めてきました。

「そして、お母さんはずっと言い続けた。リバプールに入りなさい、と」

「それに対して僕はOKと言った。僕はユルゲン・クロップと会ったことがあったので。彼は偉大な監督だ。彼とは良い関係を続けている。僕は彼をものすごく尊敬している」

そして、エムバペはクロップに対して言ったということです。「あなたは僕を説得する必要はありませんよ」と。

でも、エムバペは母国に残ることに決めたという結末でした。

*本記事はご本人のご承諾をいただきkeiko hiranoさんのブログ記事を転載しております。

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