ファンに夢を与えた監督

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平野 圭子
LIVERPOOL SUPPORTERS CLUB JAPAN (chairman) My first game at Anfield was November 1989 against Arsenal and have been following the Reds through thick and thin

6月4日、アンドニ・イラオラのヘッドコーチ就任が正式に発表された。アルネ・スロット解任から僅か6日のスピード決定だった。その時にスティーブン・ジェラードも言ったことだったが、監督(ヘッドコーチ)の交代というのは時間がかかるもので、Liverpoolのクラブが数か月前から動いていたことは想像に難くなかった。イラオラが3年間勤めたボーンマスを去る決断を公表したのが4月11日で、シャビ・アロンソがチェルシーでサインしたのが5月17日というタイムラインを振り返ると、Liverpoolはアロンソではなくイラオラを選んだという噂は正しかったように見えた。

全国メディアは、その背景として、イラオラのプレイスタイルがユルゲン・クロップに近いものだったのに対して、アロンソはバック3など純粋にフットボール面を考慮したという説と、アロンソは選手時代(Liverpool在籍は2004-2009)からファンに絶大な人気があり、一流リーグであるブンデスリーガ優勝の実績があることで、クラブのトップがコントロールし切れなくなることを恐れたという憶測が流れた。そして世間では、監督としては優勝もヨーロッパのカップ戦も経験なしのイラオラは、Liverpoolのようなビッグクラブのヘッドコーチとしてはリスクがある、という反応も少なくなかった。

Liverpoolファンの間では、スロット解任と同時に最有力候補としてイラオラの名が上がった時から、歓迎の声が上がった。実績面の不利益よりもフットボール面の利点が大きかったことに加えて、スロットとは2年間で感情的な繋がりを形成できなかったことで、ファンは感情面を求めていた。ボーンマスの監督として見て来たイラオラは、それを実現してくれる人という印象があった。そこで、Liverpoolファンは、ボーンマス時代のイラオラのインタビューを掘り起こした。

サンセバスチャンの郊外の小さな町で生まれ育ったイラオラは、バスクの2大クラブの一つであるアスレチックビルバオで12年間ライトバックとしてプレイした後で、現役最後の1年間をMLSのニューヨーク・シティで過ごした。「ピッチ上のクオリティは同じではなかったが、コーチ業を開始するための準備をするには最適な環境だった」と、メン・イン・ブレイザーズというインタビュー番組でイラオラは振り返った。ニューヨーク在住中にはNFLの試合も見に行き、ジャイアンツ・ファンになったというイラオラは、地元に溶け込む寛容な人格が伺われた。

そして、監督としてスタートしたAEKラルナカでは、2か月無勝の成績不振で就任から半年でクビになるという失意を味わい、母国スペインに戻って2部のミランデスでキャリアを立て直した。クラブ史上初のコパデルレイ準決勝を達成し、1部のラヨバジェカノに引っ張られることになったイラオラは、攻撃的で強力なプレスというプレイスタイルを確立し、ラヨはラ・リーガのビッグクラブに恐れられるチームとなった。そして、2023年にボーンマスでプレミアリーグにチャレンジすることになった後も、そのプレイスタイルを貫いた。

イラオラが就任した時のボーンマスは、昇格シーズンをプレミアリーグ17位で終えたところだった。イングランドの全国メディアは、残留を勝ち取ったガリー・オニールを解任して、プレミアリーグの経験がない無名の監督を連れて来た、と疑問を投げかけた。そのような中でスタートしたイラオラは、開幕から9戦無勝で全国メディアからダメ出しされながら、持ち前の攻撃的で強力なプレスを貫き、次第にビッグクラブから嫌がられるチームになって行った。

2025年夏には、ディーン・ハイセンを£50mでレアルマドリードに、ダンゴ・ワッタラを£42.5mでブレントフォードに、前季のプレミアリーグのベスト・レフトバックだったミロシュ・ケルケズをLiverpoolに取られて苦戦のスタートを切ったが、イラオラはアイデンティティのプレイスタイルを貫いた。1月には£64mでアントワーヌ・セメニョをマンチェスターシティに奪われるという打撃を食らいながら、プレミアリーグ6位で来季のELを勝ち取ったのだった。

同インタビュー番組は、イラオラの人間的な側面にも触れた。イラオラは村上春樹が大好きで全作品を読破したという。日本を訪れて地元のメンタリティに感銘を受けたとイラオラは語った。インタビュアーが、「夢を見るために生きている」と、村上春樹の有名な一節を引用したのに対して、イラオラは大きくうなずいた。

「ボーンマスはこじんまりした町で、ネガティブな意味ではなく誇りだが、小さなスタジアムだ(収容人数11,307)。そこで、ファンが夢を見ることが出来るチームになることを目指している」と、イラオラは笑顔で語った。

5月24日のプレミアリーグ最終戦で、アウェイでノッティンガムフォレストと1-1で引き分けた試合の後で、アウェイ・スタンドのボーンマス・ファンがイラオラ・チャントを延々と続け、イラオラがファンの前で両手を振り続けていた姿は、イラオラがボーンマス・ファンに夢を与えたことを物語っていた。

Liverpoolファンは、イラオラのインタビューを聞いて、ボールを蹴る前から一気に興奮が沸き上がるのを感じていた。

LFCTVの初インタビューで、イラオラは、「フットボールは感情だ。情熱だ。私は、人々が求めるものを実現するという栄誉と責任を持っていると認識している」と語った。ファンへのメッセージを問われて、「私はあなた方の一員になりたい。あなた方に受け入れてもらうために全力を尽くすので、一緒に祝えるように頑張りましょう」と、イラオラは締めくくった。

シーズン開幕が待ち遠しい。

*本記事はご本人のご承諾をいただきkeiko hiranoさんのブログ記事を転載しております。

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