ファンがブーイングする時

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平野 圭子
LIVERPOOL SUPPORTERS CLUB JAPAN (chairman) My first game at Anfield was November 1989 against Arsenal and have been following the Reds through thick and thin
平野 圭子

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5月11日、アンフィールドでのアーセナル戦で、後半67分にサブで出場したトレント・アレクサンダー・アーノルドが、ホーム・スタンドのファンから盛大なブーイングを浴びせられたことがイングランド中でヘッドラインを飾った。5月5日に今季末でLiverpoolを去る決断を公表して以来初めての試合だった。実際には、トレントの声明が出てからというもの、中立のアナリストの間でLiverpoolファンに対するけん制が飛び続けていた。異口同音に出た内容は、トレントはあらゆる優勝杯獲得の立役者となったレジェンドだから、ファンはトレントに感謝こそすれブーイングなどとんでもない、というものだった。同時に、少なくないファンが不満を表明するだろうとは、多くのアナリストが予測していた。

ふたを開けると、トレントが出場した瞬間にスタンドからブーイングの嵐に混じってコナー・ブラッドリーの名前とスティーブン・ジェラードの名前のチャントが沸き起こり、その後もトレントがボールに触れる度にブーイングが飛んだ。このスタンドの反応はピッチ上の全選手に影響を与えたかのように、アーセナルの同点ゴールを食らった(試合結果は2-2)。

(チャントの意図は、ファンが応援するライトバックはブラッドリーだけであり、ファンが慕うスカウサーはジェラードだけという、トレントに対する不満表明)。

「たぶん、交代の瞬間にブーイングは出るだろうと思ったが、ここまでの規模は予測していなかった」と、実況のガリー・ネビルが驚きを表明した。「このような状況で最もブーイングしないだろうと思ったのがLiverpoolファンだった」と、クリス・サットンが同意した。

必然的に、試合後のインタビューはトレントへのブーイングに集中した。アンディ・ロバートソンは、「トレントは僕にとってフットボール上で最も親しい友人だ。その友人を失うことは悲しいし、大切な友人がブーイングされるのを見るのは辛い。ただ、ファンに対してどう反応すべきなどと言うつもりはない」と語った。フィルジル・ファン・ダイクも大筋は同意見だった。「トレントが去ることでチーム全体がショックを受けている。彼は素晴らしい選手だから。ただ、監督も言った通り、ファンはどのような反応をすべきと唱えるつもりはない。(ブーイングは)辛いが、トレントはそれに耐えることが必要だ。我々も同じく」。

地元紙リバプール・エコーが明かしたところでは、トレントが最終決断をクラブに告げたのが3月のことで、チームが優勝決定した後に自分のSNSで公表するということだった。5月5日の声明で、「これまでのキャリアの中で最も辛い決断だった」と、トレントは語った。「6歳の時にアカデミーチームに入り、それから20年間このクラブが僕の生活の全てだった。そのクラブで僕は全力を尽くして全てを達成した。気が付くと僕にとってこのクラブは居心地が良すぎてぬるま湯のような場所になっていた。だから、外に出て厳しい世界で新たなチャレンジに挑む決意を下した」。

ファンは悲しみ、怒りを感じると思うか?と聞かれて、「僕自身ファンとして、このクラブで歴代選手が出て行くのを見てきた。深い感情移入した選手がいなくなった時に感じたことを思うと、ファンから批判されるのは仕方ないと思っている」と、トレントは語った。

トレント自身の声明にはなかったが、並行して伝わった情報によると、移籍金ゼロでLiverpoolを出ることについては非を感じていないということだった。1月の移籍ウィンドウでレアルマドリードが少額の移籍金(※噂では£10-15m)で正式なコンタクトを取り、Liverpoolはこれを却下した。つまり、移籍金を得る機会を放棄したのはLiverpoolであり、トレントとしてはクラブに損害を与えないよう最善を尽くした。それを裏付けるかのように、トレントの従弟が「トレントは被害者だ」と、Liverpoolファンのブーイングを非難するメッセージをポストした。

Liverpoolファンの間では、ブーイングに関する意見は分かれていたが、トレントが新たなチャレンジを目指して出て行くことは尊重すべきだということと、ファンはそれに対する意見を表明する権利があるので尊重して欲しい、という点では誰もが一致していた。何より、トレントがフリーエージェントとして出て行くことが最大の問題だった。1月に、Liverpoolがプレミアリーグ優勝を目指して全力投球していた時に、少額の移籍金のためにトレントを放出するという選択肢はなかった。むしろ、それが選択肢として正当化できると考えること自体が、4年前の契約更新の時に移籍金ゼロで出る計画を開始したという、冷静な策略と同期を取っていた。ファンにとっては、トレントが目を潤ませながら「難しい決断だった」と語った感情的なふるまいとは相いれないものが感じられた。

「仮病を使って試合に出ることを拒否して出て行ったフィリペ・コウチーニョは、多額の移籍金を得たということでクラブに貢献した。その£142mでアリソンとファン・ダイクを獲得してチームはより強くなった。ルイス・スアレスも、問題と思える行動で跡を濁して去って行った選手ですら移籍金を残したのに、トレントは自分とレアルマドリードの利益だけを考えて、Liverpoolには1ペニーも入らない方法で出て行くのだから、怒りを買うのは当然だ」とは、多数派の意見だった。

「20年間を捧げたクラブ、という表現は正しくない。ファーストチームのレギュラーとして優勝杯に貢献したのは7-8年間のことで、それまでの12年間はクラブに育ててもらった。新たなチャレンジを目指すという意思は尊重するが、それを実現させてくれた、12年間アカデミーチームで指導して育ててくれたクラブに対する恩返しをしないで出て行くというのは、スカウサーがやるべきこととは思えない」。

その中で、5月17日にFAカップ決勝戦が行われ、クリスタルパレスがマンチェスターシティを1-0と破り、120年のクラブ史上で初のメジャーな優勝杯を達成した。3万人のパレス・ファンが詰めかけたウェンブリー・スタジアムのスタンドでは、涙を浮かべていたファンが多数あった。祝勝インタビューで監督のオリバー・グラスナーは、「フットボールの選手と監督にとって最大の成功は優勝杯の掲揚ではなく、クラブ史上に残る偉業を達成してファンが永遠に語るような素晴らしい思い出を作ることだ」と語った。

「チームが勝てない時も常に全力でサポートしてくれているファンに、幸せなひと時を味わってもらうことだ」。

Liverpoolファンは、パレスを心から祝福しながら、「今、我々がやるべきことはネガティブな議題を引きずることではない。35年間待ち焦がれたリーグ優勝を心行くまで祝うことであり、我々に幸せなひと時を与えてくれた選手たちと監督コーチ陣に称賛と感謝を伝えることだ」と、頷き合った。

*本記事はご本人のご承諾をいただきkeiko hiranoさんのブログ記事を転載しております。

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