ここはアンフィールド(This is Anfield)の象徴

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平野 圭子
LIVERPOOL SUPPORTERS CLUB JAPAN (chairman) My first game at Anfield was November 1989 against Arsenal and have been following the Reds through thick and thin

9月10日、アンフィールドのトンネルの入り口に設置されている「ここはアンフィールド(This is Anfield)」標識のオリジナル版が、オークションで£115,000で落札されたというニュースが流れた。出展者はバッズという英国の著名なスポーツの記念品のオークションを扱う団体で、同社によると、スタート額の£15,000の8倍近くになった落札価格は、英国のスポーツ・スタジアム内飾品としての史上最高額だった。落札者は非公表だったが、地元のファンが面識ある元選手から聞き出したところでは、アンフィールドのすぐ隣に位置し、試合に行くファンのたまり場となっているアークス・ホテルだということだった。先祖代々Liverpoolファンが経営している伝統ある同ホテルは、獲得した「ここはアンフィールド」のオリジナル版をホテル内に飾って、ファンが見られるようにする計画ということだった。

「ここはアンフィールド」のオリジナル版とは、1972年にビル・シャンクリーが創設したもので、現在アンフィールドのトンネルに掲げられている版は4代目だった。オリジナル版は1979年に取り外され、後の監督(1994-1998)となるロイ・エバンスが少年チーム(※アカデミーチームの前身)の選手だったロナルド・ウィルソンにプレゼントしたという。ウィルソンは、家族が経営するマン島のホテルに「ここはアンフィールド」のオリジナル版を持ち帰り、1979年から2000年までホテルのロビーに飾られた。その後はウィルソンの子供が引き継ぎ、自営の会社のオフィスに飾られた。2026年に引退してオフィスを閉じた後で、今回のオークションとなった。

「ここはアンフィールド」2代目は、ボブ・ペイズリーが監督だった1979年から1998年までアンフィールドのトンネルに設置された。1998年に、ジェラル・ウリエが監督に就任した時に、モダンなデザインに変更した版に切り替えて3代目となった。同時に、2代目の方はアンフィールドの貯蔵庫にしばし眠ることになったが、2012年にブレンダン・ロジャーズが監督に就任したのをきっかけに、モダンなデザインの3代目はスタジアムのミュージアム行きとなり、ボブ・ペイズリー時期のデザインに戻って4代目となった。

シャンクリーがオリジナル版を創設した目的は、「選手たちに、自分たちはLiverpoolの選手なのだということを思い出させるためであり、相手チームに、自分たちはLiverpoolと対戦するのだということを思い出させるために」とは、あまりにも有名な話だった。

それは、スタジアムのグラウンド・スタッフが、シャンクリーと、当時クラブのセクレタリー(※スポーティング・ディレクターの前身)だったピーター・ロビンソンに、トンネルに標識を設置する旨提案したことがきっかけだったという。最初の案は「ようこそアンフィールドへ(Welcome to Anfield)」で、これに対してシャンクリーが、「それは親切過ぎるからダメだ。相手チームを歓迎して良いひと時を味わってもらう必要などない」と反論を唱え、威嚇を込めた「ここはアンフィールド」に決まった。シャンクリーは、選手たちに、試合前にトンネルに立った時にその標識をタッチすることで、「自分たちはLiverpoolの選手だ」と認識させる伝統を植え付けた。

その伝統は、黄金時代を築いた名選手たちが、Liverpoolの歴史を綴る動画の中で、「ここはアンフィールド」標識にタッチしてピッチに向かって走る姿が象徴していた。

それは、ユルゲン・クロップが監督に就任した直後にストップしたことも有名だった。クロップは、「ここはアンフィールド」標識は聖なるものだから、それにタッチするためには相応の資格が必要だとして、優勝するまではタッチしてはいけないという戒厳令を敷いた。2015年の時点で、ジョーダン・ヘンダーソンだけはLiverpoolの選手として優勝杯を取った経歴があったが、他の全員がクロップの禁止令に従うことを余儀なくされた。

これを聞いて、ファンは、「シャンクリーが作った伝統と違う」と、首をかしげたものだった。ただ、「ここはアンフィールド」は、シャンクリーが創設して以来、歴代監督が、デザインを変更するなど各監督の権限で運用してきたものだった。その意味では、クロップの方針も尊重すべきと、ファンは納得した。

その後、クロップが明かした逸話は、別の意味でシャンクリーの伝統を裏付けていた。2014年夏に、ドルトムント監督としてアンフィールドでプリシーズン親善試合に臨んだクロップは、試合前にトンネルで「ここはアンフィールド」にタッチした。「それが悪かった」と、クロップは真剣な表情で語った。クロップのドルトムントは4-0とLiverpoolにぼろ負けしたのだった。

Liverpoolのクラブ史上最大の名主将の一人であるグレアム・スーネスが(選手としての在籍は1978–1984)、ニューカッスル監督としてアンフィールドを訪れた2004年12月に、トンネル前で「ここはアンフィールド」にタッチしてアウェイ・ベンチへと向かう姿がTVカメラに映った。その自然なしぐさを見たファンは、ペイズリー時代に優勝杯を取りまくったスーネスを思い出し、ノスタルジックに浸った。試合結果は、Liverpoolが3-1でスーネスのニューカッスルに圧勝した。

シャンクリーが「ここはアンフィールド」を創設した目的の1つである、相手チームを威嚇する方の効果が出た、無数の事例のひとつだった。

かくして、「ここはアンフィールド」はLiverpoolのクラブそのものの象徴となった。「トンネル前の標識に威圧された感じになり、ピッチに出るとスタンドのファンの大声援を浴びせられて体が縮む思いをこらえるのに必死だった」と告白した相手選手がいた。トミー・スミス(在籍は1962–1978)は、相手選手が試合中に涙を浮かべて「このスタジアムは大嫌いだ」とつぶやいたという実話を明かしたことがあった。

そして今季、プレミアリーグ4戦1勝3分、アンフィールドではまだ勝ちがないLiverpoolは、基本に戻って「ここはアンフィールド」の目的を果たすことが必要だ。

*本記事はご本人のご承諾をいただきkeiko hiranoさんのブログ記事を転載しております。

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